第255話 ナグチ将軍
ウロナ村の南西にある砦の一室で、ナグチ将軍と四人の師団長が部下の報告を聞いていた。
十代の兵士が緊張した様子で乾いた唇を動かす。
「白龍騎士団の増援は約五千。率いているのはリューク団長です」
「…………ほぅ。リューク団長もウロナ村に入りましたか」
ナグチ将軍はメガネの奥の目を細めた。
「悪くない展開ですね」
「悪くない?」
イスに座っていた高齢の師団長が白い眉を動かした。
「それはどういう意味ですか? 敵の数は増え、よりウロナ村を攻めにくくなったように思えるのですが」
「その通りだ」
隣にいた巨体の師団長が太い手でテーブルを叩く。
「リューク団長は若いが実力ある男だ。ネフュータスの軍隊を退けることができたのもリューク団長の力が大きかったと聞いている」
「だからいいんですよ」
ナグチ将軍が柔らかな声で言った。
「白龍騎士団がウロナ村に入ったことで、欲が出るはずですから」
「欲とは?」
「我々と戦って、この砦を取り戻そうとする欲ですよ」
音を立てずにイスから立ち上がり、ナグチ将軍は部下である師団長たちを見回した。
「金獅子騎士団のディラス団長を倒してから、ヨム国の戦い方が変化しました。ウロナ村の周辺から動くことなく、守りに徹しています」
「ああ。どんなに挑発しても、奴らは動かん」
「これからは違います。強い白龍騎士団が加わったことで、この砦を取り戻そうとするでしょう」
「…………そうか。そこを狙うんだな」
巨体の師団長がにやりと笑う。
「はい。ヨム国にも意地がありますからね。このまま、領地を取られたままでいるわけにもいかないでしょう」
「奴らはいつ動くのですか?」
「それはわかりません。ですが、攻めてくるのは白龍騎士団でしょうね。赤鷲騎士団のガーグ団長は守り重視のタイプですし」
ナグチ将軍はメガネのブリッジを人差し指で押し上げる。
「ならば、我らの勝ちは揺るぎませんな」
獣人の師団長が金色の瞳を輝かせた。
「リューク団長程度では、ナグチ将軍の足元にも及ばないでしょう」
「油断は禁物です。リューク団長は頭のいい男のようですし、ヨム国の騎士たちの忠誠心も高い。彼らが四天王のネフュータスの軍隊に勝ったことを忘れてはいけません」
「しかし、あの戦いはモンスター同士が仲間割れをしたことで、ヨム国が勝利したと聞いております」
「そう…………ですね」
ナグチ将軍がうなずく。
「まあ、皆さんがしっかりと働いてくれれば、サダル国が負けることはありませんよ」
「まかせておいてください」
長い黒髪の女の師団長が薄い唇の両端を吊り上げた。
「白龍騎士団ごとき、我が第七師団だけで殲滅してみせましょう」
「それは頼もしいですね」
ナグチ将軍が微笑する。
その時、扉が開き、ハーフエルフの兵士が部屋に入ってきた。
「ナグチ将軍っ! リシウス城のデルフィル師団長から連絡が入りました」
「何かありましたか?」
「きっ、キルハ城が氷室彼方によって奪われたようです」
「氷室彼方?」
ナグチ将軍の青い眉がぴくりと反応した。
「…………それは予想外ですね。今更、キルハ城を攻めるとは」
口元にこぶしを寄せ、ナグチ将軍は首を傾ける。
「氷室彼方は金獅子騎士団の別働隊といっしょに行動してるのですか?」
「は、はい。ただ、キルハ城は氷室彼方ひとりで奪ったようです」
「んっ? 氷室彼方ひとりですか?」
「はい。ですが、氷室彼方は二千人の金獅子騎士団の別働隊と行動してると話したそうです」
「話した? 金獅子騎士団の別働隊は見てないのですか?」
ナグチ将軍の質問に兵士は「はい」と答える。
「敵である氷室彼方の話を信じたの? もしかしたら、二千人どころか百人以下の別働隊かもしれないのに」
女の師団長の質問に、ナグチ将軍が口を動かした。
「いや、工兵部隊の判断は問題ありません。もともと、戦闘部隊ではありませんし。たとえ、敵が少数の部隊だったとしても、その中に氷室彼方がいるのなら、戦っても勝つことは厳しいでしょう」
「そんなに氷室彼方は強いんですか?」
「ええ。彼はドラゴンや巨大なゴーレムを召喚できるだけじゃなく、白兵戦での強さも一流ですよ。無詠唱で呪文も使えるようですし」
その言葉に師団長たちの表情が険しくなる。
「そんな人間がいるのか?」
「氷室彼方は異界人らしいからな。特別な能力を手に入れたのだろう」
「しかし、そんな能力を持っていたとしても、複数というのは聞いたことがありません」
「情報に間違いがあるのでは?」
「いえ。間違いはありません」
ナグチ将軍が答えた。
「氷室彼方が召喚したモンスターを多くの兵士が目撃してますし、彼がリシウス城に潜入して、エルフの騎士を救い出したのは、皆さんも知ってるでしょう」
その言葉に師団長たちは沈黙した。
「ですが、氷室彼方は我らの脅威にはならないでしょう」
「何故ですか?」
女の師団長が首をかしげる。
「この戦況でキルハ城にこだわる男は愚者ってことですよ。私が氷室彼方なら、無意味な戦いなどしません。ウロナ村にいる騎士団と合流して、主力である我々と戦うか、リシウス城を狙うのが正解です」
「…………たしかに。キルハ城をとられても我らがウロナ村を落とせば、何の意味もありません」
「そういうことです。まあ、自分の城を取り戻したかったのでしょうが」
ナグチ将軍は青い髪に触れながら、ため息をつく。
「ナグチ将軍」
高齢の師団長が口を開いた。
「では、キルハ城は無視するのですか?」
「…………いえ。氷室彼方がキルハ城にこだわるのなら、それを利用します。第七師団の獣人部隊を使いましょう」
「ガトラ百人長の部隊をですか?」
「はい。ガトラ百人長の部隊なら、敵の数に応じて、臨機応変に動くことができます。もし、氷室彼方たちの戦力が少ないようなら、ディラス団長のように氷室彼方の首を落とせるでしょう」
「しかし、いいのですか? 獣人部隊は第七師団の切り札なのでは?」
「問題ありません。他にも切り札はありますから」
そう言って、ナグチ将軍は微笑した。
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