第253話 キルハ城にて
二日後の夜、彼方はカカドワ山の崖の上にいた。
視線を落とすと、下部にキルハ城が見える。
キルハ城は外壁が修復され、半壊していた城も作り直されていた。城門の近くには多くの資材が積み上げられていて、サダル国の兵士たちが歩き回っている。
「だいぶ、しっかりした城を作ってるな」
――カカドワ山のルートから回り込まれて、リシウス城を狙われることを警戒してるのか。
――まあ、カカドワ山の西側を領地にしたいのなら、この城を強化するのは理にかなってるな。
彼方は兵士の姿と位置を確認する。
――服装から見る限り、工兵部隊かな。見張りの数も少なめだし、ここを狙ってくるとは思ってないみたいだ。それとも、カカドワ山の東側に兵士を配置してるのか。
「どっちにしても、今がチャンスだな」
彼方の周囲に三百枚のカードが出現する。
◇◇◇
【召喚カード:妖精森のドリアード プラム】
【レア度:★★★★★★★(7) 属性:地 攻撃力:1000 防御力:1500 体力:4200 魔力:5400 能力:様々な効果を持つ植物を操作できる。召喚時間:5時間。再使用時間:17日】
【フレーバーテキスト:このプラムちゃんと戦おうなんて、草が生えちゃうって】
◇◇◇
彼方の前に淡い緑色の髪をした十五歳ぐらいの少女が現れた。肌は色白で胸は大きく、黄緑色のセパレートタイプの服を着ていた。左右の腕には草のつるのようなものが巻きついている。
少女――プラムは笑顔で彼方に抱きつき、ぎゅっと胸を押しつける。
「久しぶりの呼び出しだね」
「うん。前は能力確認のためだけに召喚したから。今回は、ちゃんと仕事してもらうよ」
「わかってる。たまには胸のおっきな女の子と遊びたいよね」
プラムは右手の人差し指で胸元の服を引っかける。膨らんだ二つの胸が彼方の瞳に映った。
「いや、そんな仕事じゃないから」
彼方は顔を赤くして、プラムから離れる。
「というか、そんなことのために呼び出したりしないよ。君は特別なクリーチャーなんだから」
「特別?」
「君の能力は特殊だからね。その情報を見せたくなかったんだ」
「その考え、わからなくもないけど、慎重になりすぎじゃないの? カードの力を使えば、この世界を手に入れることも楽勝だって」
「それはどうかな」
彼方の表情が険しくなる。
「たしかに僕が手に入れた力は強力だけど、全能ってわけじゃない。危険な目に何度も遭ったしね」
「…………ふーん。まっ、マスターは慎重タイプのほうがいいか。彼方が死んじゃったら、プラムちゃんも消滅しちゃうんだし」
プラムはピンク色の舌を出す。
「で、何をやればいいの?」
「下の城に潜入したいんだ。前に見せてもらった君の能力なら、やれると思ってさ」
彼方はキルハ城の中央にある高い塔を指さした。
◇
「じゃあ、始めるね」
プラムは両手を足元の斜面に向けた。
淡い緑色の光が地面を照らすと、小石の混じった土が盛り上がり、そこから黄緑色の数本の双葉が現れた。双葉はうねうねと動きながら、茎とつるを伸ばしていく。
一メートル…………二メートル…………三メートル…………。
茎とつるは伸び続け、塔の先端に絡みついた。
「こんな感じでいい?」
「うん。これなら楽に渡れそうだ」
彼方は吊り橋のような形になった茎とつるを見て、満足げにうなずく。
「君にもついてきてもらうよ。まだまだ、やってもらうことがあるから」
「はいはーい」
プラムは元気よく右手をあげた。
◇
草で作られた橋を渡り、彼方とプラムはキルハ城に侵入した。
塔の最上階から螺旋階段を下り、細い廊下に出る。
十数メートル先に彼方が使っていた部屋の扉が見えた。
――工兵部隊の隊長がいるとしたら、あの部屋だろうな。
「プラムはこの階の廊下を塞いでて」
「まかせといて」
プラムは両手を前に伸ばした。手のひらから無数のつるが飛び出し、廊下に壁を作り始めた。
彼方はプラムから離れ、音を立てずに木製の扉を開けた。
窓際の机の奥に二十代半ばの赤毛の女がいた。女はイスに座って、書類を読んでいる。
――どうやら、この人が隊長みたいだな。
彼方は女の階級章と服装から、それを予想した。
僅かな気配を感じたのか、女が顔をあげた。
同時に彼方が動く。腰に提げた短剣を引き抜き、一気に女に走り寄る。
「ひ、氷室彼方っ!」
女は慌てて、側に置いていたロングソードに手を伸ばした。
「それはダメだよ」
彼方はロングソードを蹴り上げ、女の手首を掴んだ。
ネーデの腕輪で強化された握力が女の動きを止める。
「動かないでください。手首を骨ごと潰されるのはイヤでしょ?」
「ぐっ…………」
女は赤色の眉を吊り上げ、彼方を睨みつける。
「どうやってここに入ってきた?」
「質問するのは僕だよ。まずは君の名前を教えてくれる?」
「…………第十一師団工兵部隊所属、アン千人長」
女は自分の名前と階級を口にした。
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