第252話 ミフジ高原

 キルハ城の北にあるミフジ高原で、偵察から戻ってきたサキュバスのミュリックと話をしていた。


「…………ってわけで、ヨム国は砦の一つをナグチ将軍に取られちゃったってわけ」


 ミュリックは肩をすくめて、ぷっくりとした唇を動かす。


「金獅子騎士団のディラス団長も戦術家として有名な人物みたいだけど、役者が違ったようね。まさか、こんなに早く殺されちゃうなんて」

「…………そっか」


 彼方は親指の爪を唇に寄せる。


「で、その後はどうなったの?」

「一気にナグチ将軍がウロナ村を攻めると思ってたけど、ヨム国が白龍騎士団を動かしたから」

「白龍騎士団を?」

「そう。あなたの第一夫人を狙ってるエルフの女騎士がいる」

「ティアナールさんは、そんなこと考えてないよ」

「どうして断言できるの?」


 ミュリックは彼方に顔を近づける。


「ティアナールさんは、すごく綺麗だからね。騎士団の人たちにモテモテみたいだし、僕みたいな異界人は恋愛の対象じゃないと思うよ」

「…………ふーん。私からすれば、あなたこそ、絶対に手に入れるべきオスなんだけど」

「計算で動く君なら、そうだろうね」

「それだけじゃないって。今は彼方のことを、心から愛してるんだから」


 ミュリックはふくよかな胸を彼方に押しつける。


「うん、わかってる」


 適当に返事をしながら、彼方は考え込む。


 ――王都が近いから、ヨム国は増援の部隊を戦場に送りやすい。そう簡単にはウロナ村は落ちないだろう。となると、ガリアの森からだけじゃなく、南の大河から別の部隊を動かすのか。


 ――その可能性は高そうだな。ナグチ将軍は有名な人物のようだし、彼が動けば、そっちに注意が向けられる。または…………。


「ねぇ、彼方」


 ミュリックが彼方の頬を人差し指で突いた。


「もう、ヨム国を裏切って、サダル国についたほうがよくない? 多分、この戦争に勝つのはサダル国よ」

「どうして、そう思うの?」

「百戦錬磨のナグチ将軍がいるし、勝算があるから、サダル国はヨム国に戦争を仕掛けてるんでしょ?」

「まあね。攻める側だから、いろいろ準備してるはずだし」

「なら、サダル国についたほうがいいって」


 ミュリックはかかとを上げて、彼方に顔を近づける。


「わかってる。ティアナールのことでしょ。だから、ティアナールも誘ってさ」

「ティアナールさんはヨム国を裏切ることなんてしないよ。忠誠心が高いからね。それに僕もヨム国の王女様に助けられたこともあるし」

「だけど、ザルドゥを倒した勇者にしては扱いが雑じゃない? 普通は国を挙げて、あなたを称えるべきなのに」

「僕がザルドゥを倒したことを信じてないからね。ゼノス王もエルフィス王子も」


 彼方は苦笑する。


「だから、サダル国につくべきなの。ティルキルを倒したことを知ってるサダル国なら、あなたを重宝してくれるはずだし」

「そうかもしれないね。でも…………」

「でも、何?」

「僕の能力を危険だと思って、殺すことを選択する可能性もある」

「それは…………」


 ミュリックの言葉が途切れる。


「まあ、ヨム国と戦争が続くようなら、重宝してくれるかもしれないね」


 そう言って、彼方は頭をかく。


 ――ミュリックの言う通り、ヨム国からあまりいい扱いはされてない。でも、だからといって、サダル国につくのは…………。


「面倒だな…………」


 彼方は、ふっとため息をついた。


 ――貴族になって、領地をもらってなければ、ただの冒険者として、仲間といっしょに戦争から離れる手もあったのに。


 ――正直、領民のいない領地なんてどうでもいいんだけど、サダル国に領地が取られたままだと、何らかの処罰を受けるかもしれない。やっぱり、キルハ城は取り返しておくべきだろうな。


「うにゃあああああ!」


 突然、数十メートル先からミケの鳴き声が聞こえた。

 視線を動かすと、ミケと香鈴とレーネが十数匹のゴブリンに追われていた。


「ミュリックっ! ミケたちを助けるよ」


 彼方は腰に提げていた短剣を引き抜き、ミケたちに向かって走る。


 ――まずはこの辺りのモンスターを倒して、潜伏先の安全を確保しないとな。


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。


 ◇


 ゴブリンの群れを倒した彼方たちは、洞窟の入り口の前に集まっていた。

 既に夜になっていて、焚き火が周囲の景色を揺らめくように照らしている。


「えっ? ひとりでキルハ城に行くの?」


 レーネが目をぱちぱちと動かして、彼方に質問した。


「うん。君たちはここに隠れてて欲しいんだ」


 彼方はレーネ、香鈴、ミケ、ミュリック、エルメア、ニーアを見回す。


「ここなら、まず見つからないし、強いモンスターもいないみたいだからね」

「いや、私たちのことじゃなくて、あなたのことを心配してるのっ!」


 レーネは眉を吊り上げて、彼方をにらみつける。


「キルハ城を取り返すなら、私たちもいっしょに行動したほうがいいでしょ? 戦闘だって、そこそこはやれるし」


「うむにゃ」


 ミルク入りの紅茶を飲んでいたミケが立ち上がった。


「ミケは彼方から守護精霊の首輪をもらったのにゃ。これで、ミケパンチが強化されたのにゃ」


 ミケは上半身を揺らしながら、宙に向かって、シュッシュとパンチを繰り出す。


「守護精霊の首輪は、防御力を上げる効果だから、パンチは関係ないよ」


 彼方が突っ込みを入れる。


「とにかく、キルハ城は僕だけで取り返すから」


「本当に大丈夫か?」


 ダークエルフのエルメアが整った唇を動かす。


「お前が強いことはわかってるが、せめて、私だけでも連れて行くのはどうだ? 弓で援護できるし、役に立つと思うが」


「連れて行くなら、私でしょ」


 ミュリックが口を挟む。


「私なら偵察も得意だし、空だって飛べるから」


「ニーアもお空飛べるよ」


 ニーアがぱたぱたと背中の羽を動かす。


「あなたはダメよ。まだ子供だから、彼方の夜の相手もできないでしょ」

「夜の相手?」

「夜の相手っていうのはね…………」

「そんな説明はしなくていいよ!」


 彼方は隣にいたミュリックの口を塞ぐ。


「僕はひとりでも大丈夫。作戦も考えてあるから」


「彼方くん」


 香鈴が眉をひそめて彼方に歩み寄る。


「無理はしないでね。危険だと思ったら…………」

「わかってる。無茶な行動はしないから」


 彼方は香鈴に笑顔を向ける。


「何、笑ってんの?」


 レーネが唇を尖らせた。


「私たちは、あなたのことを心配してるんだからね」

「うん。気をつけるよ」


 彼方は目を細めて、仲間たちを見回す。


 ――こんなに多くの女の子から気に掛けてもらえて、ちょっと嬉しい気持ちもあるな。


 ――なるべく心配かけないように、早めにキルハ城を奪回しないと。

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