第246話 模擬戦2

 彼方とクレマンは中庭の中央で対峙した。

 距離は十五メートル。


 中央にいたスレッジが数歩下がって、口を開いた。


「では、試合開始だ」

「いくぜ! Fランク!」


 クレマンは素早く呪文を唱えた。

 宙に十数本の炎の矢が出現した。

 炎の矢は彼方に向かって突き進む。


 彼方は右に移動しながら、迫ってきた炎の矢をロングソードで斬った。


「まだまだっ!」


 クレマンは紫色の杖を彼方に向ける。炎の矢が意思を持ったかのように曲がり、側面から彼方に迫る。


 ――矢の軌道を曲げることもできるのか。悪くない攻撃だ。さすが、特待生だな。


 彼方は頭を下げて、炎の矢の攻撃をかわす。


 ――だけど、スピードはいまいちだし、攻撃に集中しすぎて、守りがおろそかになってる。これじゃあ、Cランク以上の剣士には勝てないな。


 地面を転がりながら、最後の矢を避ける。


「おっ、やるな。でも…………」


 クレマンは彼方と距離を取りながら、呪文を唱えた。

 新たに十数本の炎の矢が具現化される。


「俺の魔力はCランクの魔道師以上って言っただろ。魔力切れを待ってても無駄だぜ」


 観戦していた生徒たちから、感嘆の声が漏れた。


「さすが、クレマンだな。詠唱のスピードが速いし、矢の軌道を曲げやがった」

「ああ。あれは避けにくいぞ」

「だけど、Fランクの子も上手く避けてるわ」

「まぐれだろ。曲がった矢を避けた時もぎりぎりだったし」


 彼方は両手でロングソードを握り締めて、ふっと息を吐く。


 ――これぐらいでいいだろう。一瞬で負けたら、模擬戦の意味もないだろうし。


「これで終わらせてやる!」


 クレマンが杖を振ると、二本の炎の矢が曲がりながら、彼方に迫る。

 彼方は一本の矢を避け、もう一本の矢を、あえて肩で受けた。

 パンと火花が散り、彼方は衝撃を感じた。


 ――模擬戦用の弱い呪文とはいえ、それなりの痛みはあるな。服も少し焦げちゃったし。


「そこまで!」


 スレッジが大きな声を出した。


「上手く攻めたな。矢のスピードも速いし、二本の矢を曲げる技術も悪くない」

「まっ、こんなもんですよ」


 クレマンが自慢げに胸を張った。


「本当は最初の呪文で決める予定だったんだけどな。お前、なかなか避けるのが上手いじゃないか」

「うん。真っ直ぐな矢だけなら、なんとか避けられたけど、曲がる矢は難しかったよ」


 肩を押さえながら、彼方は言った。


「勉強になったよ。ありがとう」

「おうっ! お前も頑張れよ」


 クレマンは笑顔で彼方の肩をぽんぽんと叩いた。


「次はセリーヌ。君だ」


「はい」と言って、金髪巻き毛の少女が前に出た。少女は十七歳ぐらいで、青い杖を手にしていた。


「彼方くん。魔力ゼロのあなたに呪文を使うのは申し訳ないけど、これも授業だからね」

「気にしなくていいよ。手加減した呪文なら、大ケガすることもなさそうだし」


 彼方はロングソードを上段に構える。


「では、始め!」


 スレッジがそう言うと、セリーネは下がりながら、呪文を唱える。


 セリーネの前に半透明の壁が現れた。


 ――なるほど。まずは攻められないようにしてから、攻撃するんだな。クレマンとは違うタイプだ。


 ――本当ならカードの力で壁を壊すか無効化して攻めるけど、Fランクらしく、壁を回り込んで、素直に攻撃呪文でやられるか。


 彼方は壁に沿って走り出した。


 ◇


 七人目の生徒との模擬戦を終えると、彼方は額に浮かんだ汗を手で拭った。


 ――これで終わりか。さすがに七人連続だと疲れるな。


「よく、やってくれた」


 スレッジが笑みを浮かべて彼方に歩み寄る。


「これで生徒たちも自信が持てただろう。感謝する」

「役に立てたのなら、よかったです」


 彼方はスレッジに頭を下げる。


「さて、諸君」


 スレッジは七人の生徒たちを見回した。


「彼方くんは君たちの呪文を何度も避けていた。最終的には当てられてしまったが、魔力なしのFランクにしてはたいしたものだ。みんな、彼方くんに感謝の拍手を」


 生徒たちが彼方に向かって、一斉に拍手する。


「彼方、頑張って、Eランクになれよ」

「ええ。あなたならなれると思うわ。呪文を避けるの上手かったし」

「そうだな。全員、二分以上は粘られちまったし」

「ありがとうございます」


 彼方は生徒たちに礼を言った。


「皆さんが立派な魔道師になれることを祈ってます」


 ――よし。これでばっちりだ。スレッジさんの機嫌もいいし、約束通り、リーフィルさんに会わせてもらえるだろう。


 その時、校舎の入り口から、二十代前半の女が現れた。オレンジ色の髪はポニーテールで、銀の胸当てと金の刺繍を施した白い服を着ている。背丈は百七十センチ程で、左右の耳は僅かに尖っていた。


「あれ? あの人は…………」

「ふっ、君も知ってるか。まあ、有名人だからな。ユリナ様は」


 スレッジは尊敬の眼差しで女――ユリナを見つめる。


「ユリナ様はユリエス流魔法戦士訓練学校の師範代で、Aランクの魔法戦士だ。午後からは、彼女に特別授業をやってもらう予定でね」

「…………あぁ。そうだったんですね」


 彼方の頬がぴくぴくと動いた。


 ――何か、面倒なことになりそうな予感がしてきたな。

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