第247話 彼方とユリナ

「彼方っ? どうしてお前がここにいるんだ?」


 ユリナは隣にいるスレッジを無視して、彼方に声をかけた。


「生徒さんたちの模擬戦の相手をしてたんです」


 ぎこちなく笑いながら、彼方は答える。


「模擬戦だと?」


 ユリナのオレンジ色の眉が吊り上がる。


「お前、私との模擬戦は断ってるくせに、魔道師の卵とは模擬戦をやるのか?」

「ユリナさんとは、夜通しやったじゃないですか」

「あの時だけはな。私は何度もお前に頼んだはずだぞ。また、模擬戦をやろうと」

「いやぁ、あれから忙しくて」


 彼方は困った顔で頭をかく。


「それはわかってるが、ここで模擬戦をやる時間があるのなら、私とするべきだろう。そうじゃないのか?」


 ユリナは彼方に顔を近づける。


「じゃ、じゃあ、明日、訓練学校に行きますから」

「約束したぞ。お前には聞きたいこともいろいろあるからな。氷室男爵」

「僕が貴族になったこと、知ってるんですね」

「父の知人から情報が流れてきたんだ。お前がサダル国との戦争に利用されてるとな」

「ええ。そんなところです」


「あっ、あのぉ」


 スレッジがユリナに声をかけた。


「ユリナ様は彼方くんと知り合いなのですか?」

「あぁ。彼方はうちの学校で掃除の仕事をしてたんだ」

「…………はぁ。それで、何故、彼方くんと模擬戦をやりたがるのですか? 彼はFランクで、Aランクのユリナ様が戦う意味などないのでは?」

「たしかに彼方はFランクだが、実力はSランクだぞ」

「…………はあっ!?」


 スレッジの口が大きく開き、周囲にいた生徒たちの目が丸くなった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 金髪の少年――クレマンが彼方を指さした。


「こいつがSランク? ありえねぇって。こいつは俺たちに全敗したんだぞ」

「それは、彼方が手加減したんだろう」


 ユリナがクレマンの疑問に答えた。


「こいつは実力を隠すのが好きだからな」

「だけど、Sランクなんて」

「彼方をSランクと言ったのは、私の父のユリエスだぞ」

「ユリエス様が…………」

「そうだ。父はウロナ村で彼方がボーンドラゴンを倒すところを見たらしい」

「ドラゴンを倒した?」

「ああ。父は私に言った。『もしかしたら、彼方は俺より強いかもしれない』ってな」


 ユリナの口元が緩む。


「まさか、自分が最強と思ってる父から、そんな言葉を聞かされるとはな」


 その言葉に周りにいた生徒たちが顔を見合わせる。


「そんなバカな。あいつの魔力はゼロのはずだぞ。それなのに魔法戦士のユリエス様より強いはずないって」

「え、ええ。ユリエス様はヨム国最強の魔法戦士なんだから」

「だけど、ユリエス様の娘のユリナ様が、そう言ってるんだぞ」

「何かの勘違いじゃ…………」


 全員の視線が彼方に集中する。


 彼方は頬を指でかきながら、笑顔を作る。


 ――まさか、ユリナさんと鉢合わせするとはな。せっかく、目立たないようにしてたのに。これじゃあ…………。


「おいっ、彼方」


 クレマンが彼方の腕を掴んだ。


「もう一度だ。もう一度、俺と勝負しろ!」

「いや、君たちは、ユリナさんの特別授業を受けるんだろ」


 胸元まであげた手を彼方は左右に動かす。


「その通りだ」


 ユリナが彼方とクレマンの間に割って入った。


「第一、お前たちでは本気の彼方に勝てるわけがない。やるだけ無駄だ」

「だけどっ…………」

「文句があるなら、まずはAランクの魔法戦士である私を倒してみろ! それができたら、彼方と戦うことを認めてやる」


 その言葉に、クレマンの顔が強張る。


「安心しろ。お前たちが望むのなら、全力で相手してやる。ただ、先に魔法医を呼んでおいたほうがいいだろうがな」


 ユリナの笑みに、生徒たちが一斉に後ずさりした。


 その時――。


「どうしたんですか?」


 柔らかな声が彼方の背後から聞こえてきた。

 振り返ると、そこには紫色のローブを着たエルフの女が立っていた。

 見た目は二十代後半ぐらいで、髪は金色。胸元には金細工と七色に輝く宝石をあしらったペンダントをつけている。


 ――この人が、リーフィルさんだな。


 彼方はスレッジと生徒たちの反応から、それを予測した。


 ――竜太郎さんの冒険者仲間だから、年齢は百歳以上か。外見は綺麗なお姉さんだけど。


「リーフィルさんですね?」


 彼方の問いかけに、エルフ――リーフィルがうなずく。


「あなたは?」

「僕は氷室彼方。竜太郎さんに頼まれて、あなたに渡す物があるんです」

「竜太郎に?」


 リーフィルの青緑色の目が大きく開いた。

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