第245話 模擬戦

 校舎に囲まれた裏庭に、スレッジは七人の生徒たちを集めた。


「では、授業を始める」


 スレッジは隣にいた彼方の肩を叩いた。


「彼は氷室彼方。Fランクの冒険者で異界人だ。彼に君たちの相手をしてもらう」


「Fランクぅ?」


 十代半ばの少年が、バカにした顔で彼方を見た。


「スレッジ先生、俺たちはリーフィル魔法学校の特待生だぞ。せめて、模擬戦の相手なら、Dランク以上にしてくれよ」


「そうだ、そうだ」


 周囲にいた生徒たちが声をあげる。


「Fランクじゃ、相手にならないって」

「ええ。しかも、その人…………魔力がないよね」

「…………みたいだな。そんな相手と模擬戦をやって、意味あるのか?」


 パンと両手を叩いて、スレッジは薄い唇を動かす。


「そんなセリフは、しっかりと彼方くんに勝ってから言いたまえ」


「Fランクなら、余裕で勝てますよ」


 金髪の少年が肩をすくめる。


「俺の魔力はCランクの魔道師より上って評価されたんですから」

「魔力量だけで、強さが決まるわけではない。それに君たちは模擬戦用の弱い呪文しか使ってはいけないルールになる。それを理解しているのかな? クレマンくん」


「もちろんです」と少年――クレマンが答えた。


「相手がFランクなら、三分以内に呪文を当てることができます。そうだろ?」


 他の生徒たちも自信ありげな表情を浮かべて、大きくうなずく。


「ふむ。ならば、君たちの実力を見せてもらおう」


 そう言って、スレッジは彼方に向き直る。


「というわけで、君には、うちの特待生と戦ってもらう」

「特待生…………」


 彼方は十代の特待生たちを見回す。


 ――男が五人に女が二人か。特待生に選ばれるってことは、みんな、素質があるんだろうな。


「安心したまえ。さっき話したように、彼らには弱い呪文しか使わせないから、死ぬこともない。まあ、多少の痛みはあるだろうが」

「多少の痛み…………ですか」

「もちろん、魔法医もいるから、安心するといい」

「はぁ…………」


 彼方は頭をかきながら、考え込む。


 ――まあ、これでリーフィルさんに会えるのなら、問題ないか。


 ◇


 彼方はスレッジから受け取ったロングソードを軽く振った。

 刃はアグの樹液に包まれていて、通常より少し重く感じた。


 ――模擬戦用のロングソードか。これなら、大ケガはしないな。


「さて、準備はいいかね?」


 スレッジが彼方に声をかける。


「…………スレッジさん。質問していいですか?」

「ああ、構わんよ。何だね」

「僕は勝っていいんですか?」

「勝てるのならね」


 スレッジは口角を吊り上げて、生徒たちを見る。


「彼らは若くて、実戦経験もないが、将来的にはAランク以上の魔道師になれる素質がある。悪いがFランクの君では絶対に勝てない」

「それなのに模擬戦をやらせるんですね?」

「午後から、本格的な授業をやるんだよ。その前に対人戦に慣れさせておきたくてね」

「そういうことですか」


 彼方は、ふっと息を吐いた。


 ――そんなもんだろうな。この人は僕を弱いと思って、模擬戦の相手をさせようとしてるんだし。


 ――それなら、わざとやられたほうが目立たないし、スレッジさんの機嫌も損ねないか。さくさく負けておいて、リーフィルさんに会わせてもらおう。


「では、クレマン。君が最初だ」


 スレッジが金髪の少年の名を呼んだ。


「おっし! 最速記録を作っておくか」


 クレマンは黒いローブの内側から紫色の小さな杖を取り出し、彼方に近づく。


「お前、名前は彼方だったよな?」

「うん。お手柔らかに頼むよ」

「安心しろ。模擬戦用の呪文だから、軽い火傷ですむし、それも回復呪文で、すぐに治してやる」

「回復呪文も使えるんだ?」

「まあな。俺たち特待生は、全員三属性以上の呪文を使えるし、珍しいことじゃないぜ」


 クレマンはくるくると紫色の杖を回す。


「せっかくだから、お前に教えてやるよ。魔道師の強さってやつをな」

「うん。勉強させてもらうよ」


 彼方は笑顔でクレマンに頭を下げた。

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