第244話 王都ヴェストリアにて
五日後の朝、彼方と香鈴、ティアナール、ミケは王都ヴェストリアの西門にいた。
門の前で、ティアナールが彼方の肩に触れた。
「わざわざ、王都まで送ってくれて感謝するぞ」
「僕もいろいろと用事があるので」
彼方は笑顔でティアナールを見つめる。
「それに情報も仕入れておきたいから」
「情報か…………」
「はい。サダル国の動向が気になるし、それにヨム国がどんな対応をしてるのかも」
「ならば、私も軍の動きを調べて、お前に伝えよう」
「いいんですか?」
「本当はダメだが、そのほうがヨム国のためになるだろう。お前の能力は魔神をも越えるものだからな。だが、油断はするなよ」
ティアナールは真剣な目で彼方を見つめる。
「お前が死んだら…………私は…………いっ、いや。私ではなく、ミケたちが悲しむからな。仲間を悲しませることはするなよ」
赤くなった頬を隠すように、ティアナールは彼方から顔をそらした。
◇
ティアナールと別れると、ミケが彼方の袖を掴んだ。
「じゃあ、ミケと香鈴は重要な任務に向かうにゃ」
「うん。食糧と調味料の調達だね」
彼方はミケの頭を優しく撫でる。
「よろしく頼むよ。次にいつ補充できるかわからないし」
「了解にゃ。彼方の希望のお砂糖もちゃんと買っておくにゃ」
ミケは背筋をぴんと伸ばして、彼方に敬礼する。
その仕草に彼方の頬が緩んだ。
「七原さん、ミケを頼むね。それと、大通り以外の店には行かないようにして。ティアナールさんのことがあるから、王都でも注意したほうがいい」
「うん。彼方くんも気をつけてね」
香鈴は彼方に近づき、頭を少し下げる。
「んっ? どうかしたの?」
彼方が不思議そうに首をかしげる。
「…………う、ううん。何でもないの」
香鈴は顔をあげて、一歩下がる。
「じゃあ、また後で」
彼方は手を振って、北地区に向かって歩き出す。
「私もミケちゃんみたいに頭を撫でて欲しかったのに…………」
香鈴の声は離れた彼方には聞こえなかった。
◇
彼方は北地区の大通りにある建物の前で足を止めた。
その建物は四階建てで赤いレンガの塀で囲まれていた。クリーム色の建物の前には黒いローブを着た十数人の少年と少女が集まっていた。
「ここが、リーフィル魔法学校か…………」
彼方は門の前で大きな建物を見上げる。
――なんとなく、日本の学校と雰囲気が似てる気がする。校庭には桜っぽい木が植えられてるし。
「うちの学校に何か用か?」
突然、背後から、声が聞こえてきた。
振り返ると、三十代前半の黒髪の男が立っていた。男は背が高く、紫色のローブを着ていた。
頬は痩けていて、手には魔力を増幅させる指輪をはめていた。
――この人は…………魔道師みたいだな。生徒…………いや、先生か。用心深いタイプみたいだな。僕の腰に提げた短剣とFランクのプレートをすぐに確認してるし。
「あなたは、この学校の先生ですか?」
「そうだ。私はスレッジ。君は…………入学希望者ではないな」
「はい。リーフィルさんに渡したい物があって。あ、僕は氷室彼方。異界人です」
「リーフィル様に?」
スレッジは青い目を細くして彼方を見つめた。
「何を渡すつもりなんだ?」
「いえ、如月竜太郎さんって人から、リーフィルさんに木箱を渡してくれって頼まれただけで、中身はわからないんです」
「如月竜太郎? 過去に活躍したSランクの剣士じゃないか」
スレッジの眉間に深いしわが刻まれた。
「如月竜太郎は行方不明になってから、五十年以上経っている。とっくに死んでるはずだ」
「はい。本人は亡くなっていて、ドクロに残っていた残留思念と話したんです」
「…………残留思念か。なかなか面白い話だが、にわかには信じがたいな」
スレッジは彼方の顔をじっと見つめる。
「お前も知ってるだろうが、リーフィル様は六属性の魔法を使いこなすSランクの大魔道師だ。あの方と懇意になりたくて、多くの連中が近づいてくる。その中にはリーフィル様の名声を利用しようとたくらむ奴もいる」
「僕は違います」
彼方は首を左右に動かす。
「リーフィルさんに木箱を渡して、少し話をするだけですから」
「悪意がある者も、似たようなことを言うのだ。少しだけでいいからリーフィル様に会わせろとな」
スレッジは冷たい視線を彼方に向ける。
――困ったな。この人に木箱を渡してもいいけど、竜太郎さんのことをリーフィルさんに伝えておきたいし
「…………まあ、君が私の頼みを聞いてくれるのなら、リーフィル様に会わせてやってもいいのだが」
「頼み…………ですか?」
「ああ。今から、私は特別クラスの授業をするんだ。君には生徒の相手をしてもらいたい」
「生徒の相手って、模擬戦ってことですか?」
「そうだ」とスレッジはうなずく。
「もちろん、君に魔力がないのはわかってる。だから、特別なルールでやらせてもらう」
「特別なルールって?」
「安心するといい。君が死ぬようなルールではない。ただ、多少のケガはするかもしれないがな」
スレッジは、にやりと笑いながら彼方の肩を軽く叩いた。
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