第243話 合流

 数時間後、彼方とティアナールは、ガリアの森の中にある湖で、香鈴たちと合流した。


 湖に浮かぶ飛行船の甲板で、ティアナールの表情が僅かに曇った。


「おいっ、どうして、ダークエルフがいるんだ?」


 ティアナールはエルメアを指さす。


 エルメアがティアナールに近づき、整った唇を開く。


「私はエルメア。デスアリスの部下だったが、今は彼方に仕えている」

「何故だ? ダークエルフは人との関わりを嫌い、魔神に忠誠を誓っているはずだ」

「ああ。たしかに多くのダークエルフはそうだ。だが、私はニーアと出会い、彼方に命を救われた。今の私は彼方に身も心も捧げている」

「身も心もだと?」


 ティアナールは隣にいる彼方を睨みつける。


「…………強者は色を好むと言うが…………五人か。いや、シーフのレーネを入れれば六人になるな」

「いやいや、色とかじゃないですから」


 彼方はぶんぶんと首を左右に振って、エルメアたちとの出会いを語った。


「…………そんな事情で二人は僕たちといっしょに行動してるんです」

「なるほど…………な」


 ティアナールは、ちらりとエルメアを見る。


「たしかにこの女からは、ダークエルフ特有の邪気を感じられない」

「はい。エルメアは信頼できる仲間だと思ってます」


 彼方がそう答えると、エルメアの金色の瞳が潤む。


「…………やはり、お前は命をかけて守るべき私の主だ」


 その言葉を聞いて、ティアナールは、ふっと息を吐いた。


「どうやら、信頼できる仲間のようだな」


「ニーアも彼方の仲間なの」


 ニーアが白い羽を動かして、ティアナールに笑顔を向ける。


「ニーアは、お空を飛べるから、偵察が得意なんだよ」

「…………そうか。それは心強いな」


 ティアナールは頬を緩めて、ニーアの頭を撫でる。


「ねぇ、彼方」


 ミュリックが彼方の腕を人差し指で突いた。


「これから、どうするつもり? ずっと、ここに隠れてるわけじゃないんでしょ?」

「とりあえず、食事でもしながら考えようか。そろそろ朝になるし」


「それはいい考えにゃ」


 ミケが胸元で腕を組み、大きくうなずく。


「安心するにゃ。ちゃんと、ポク芋は七個あるからにゃ」

「私も料理を手伝うよ」


 香鈴が右手をあげる。


「では、私は魚を狙ってみるか。さっき、魚影が見えたからな」


 エルメアが側に置いていた魔風の弓を手に取る。


「上手くいけば、甲板からでも狙えるだろう」

「一角マグロかにゃ!」


 ミケの紫色の瞳が輝いた。


「いや、一角マグロは海でしか捕れないぞ。多分、あれはアオマスだろう」

「にゃっ! アオマスも香草焼きにすると美味しいのにゃ」

「ならば、脂の乗ったでかいやつを捕ってくるか」


 エルメアは魔風の弓の弦に触れながら、にっと笑った。


 ◇


 早朝、飛行船の甲板の上に多くの料理が並べられた。

 アオマスの香草焼き、ポク芋のバター焼き、チャモ鳥の干し肉と野イチゴ。

 焼いた魚の匂いが彼方の鼻腔に届く。


「これは、ごちそうだね」

「うむにゃ」


 ミケが満足げにうなずく。


「香鈴も手伝ってくれたから、ばっちり仕上がったのにゃ」

「じゃあ、食べながら、今後の方針を話そうか」


「うん。それが重要ね」


 ミュリックは大きな葉っぱの上に盛られた野イチゴに手を伸ばす。


「人質もいなくなったし、ナグチ将軍はあなたを殺そうと思ってるはずよ」


「だろうね」と彼方は答える。


「なら、どうするのよ? あなたが死んだら、私もいっしょに死ぬんだからね」


 ミュリックは金の首輪を指先で叩く。


「あなたが強いのはわかってるけど、ナグチ将軍は危険な相手よ。ある意味、上位モンスターよりね」


「その通りだ」


 ティアナールが同意する。


「あの男は万の策を考える頭脳を持つと言われている。お前を殺すために予想外の手を使ってくるだろう」

「予想外の手か…………」


 彼方は親指の爪を唇に寄せる。


 ――可能性が高いのは、精鋭を集めて、少数の部隊で僕を狙ってくるパターンか。または、もう一度、僕の仲間を人質に取る手もある。


 ――とはいえ、僕たちはガリアの森の西にいて、見つけるのは困難だろう。それに、ナグチ将軍の目的はヨム国への侵攻だ。


「…………ティアナールさん。ヨム国の対応はどうなってるんですか?」

「ウロナ村を拠点にして、いくつもの砦が作られているな。指揮をするのは金獅子騎士団のディラス団長だ」

「ナグチ将軍と戦える実力はあるんですか?」

「…………そうだな」


 ティアナールの声が重くなった。


「ディラス団長はバラント大公の三男で、戦術家として有名な方だ。二年前の三貴族の反乱の時にも見事に兵を動かし、十日で鎮圧し勲章を授与された。ただ…………」

「相手がナグチ将軍では、厳しいと思ってるんですね?」

「…………ああ」


 ティアナールは首を縦に動かす。


「彼方、奴には近づくなよ。お前とは相性が悪い」

「相性が悪い?」

「そうだ。ナグチ将軍の剣技は神速と呼ばれている。お前の実力もたいしたものだが、スピード勝負になれば勝てないだろう。呪文を使うひまも与えてくれないだろうしな」

「…………なるほど」


 彼方は首を僅かに傾けて思考する。


 ――スピードがある相手なら、たしかに危険だな。突然、攻撃されたら、カードを使う時間がなくて、殺されてしまうかもしれない。


 ――だけど、こっちが先に攻めるのなら、いくらでも倒す手段はある…………か。


 彼方は大切に思っている仲間たちを見回す。


 ――最優先に考えるべきは、みんなの命だ。まずは安全な潜伏先を見つけないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る