第242話 音葉vsナグチ将軍

 先に動いたのは音葉だった。

 大きく足を踏み出し、青紫色の短刀でナグチ将軍の首を狙う。


 ナグチ将軍は右に移動しながら、回り込むようにして廊下に繋がる扉に向かう。音葉は扉の前に立ち、両手に持った二本の短刀を交互に突く。


 ナグチ将軍はつま先に力を入れて、一気に音葉と距離を取る。


「…………なるほど。その短刀…………毒つきですか」

「バレましたか」


 音葉がふっと息を吐く。


「気づかれなければ、楽に殺せたのに」

「あなたは致命傷を狙わずに傷をつければいい動きをしてますからね」


 ナグチ将軍は微笑を浮かべたまま、右手を動かした。

 その手に黄金色の短剣が握られていた。


「この短剣を使うのは久しぶりです」

「…………美しい細工物の短剣ですが、何かの効果があるんでしょうか」

「ええ。ダリエス王からいただいた国宝ですから。ガリム鉱の鎧も力を込めずに貫くことができます。他にもいろんな効果がありますよ」

「それは危険な武器ですね」


 音葉は一歩下がって、短刀を構え直す。


「でも、私の短刀のほうが人を殺すには向いてます。小さな傷をつけるだけでいいんですから」

「たしかに毒を使うのは効率がよさそうですが…………私には通用しませんよ」

「どうして、そう思うの?」

「あなた程度の戦闘技術では、私に傷をつけるのは無理ってことです」

「…………ふーん」


 音葉は数秒間、沈黙した。


「その言葉…………間違ってることを証明してあげます」


 滑るように音葉は前に出た。一瞬左に動いた後、右に移動して短刀を斜めに振り上げる。青紫色の刃がナグチ将軍の手首に迫る。


 その瞬間、ナグチ将軍が動いた。予備動作もなく右手を動かし、黄金色の短剣で音葉の首を狙う。神速の攻撃を音葉は首を捻ってかわす。


 だが、ナグチ将軍の攻撃は終わらなかった。素早く腕を引き、今度は音葉の左胸を突く。

その攻撃を音葉は赤紫色の短刀で受けた。

 金属音が薄暗い部屋の中に響く。


 ナグチ将軍は数歩下がって、メガネの奥の目を細めた。


「一撃で決められると思ったのですが、お見事です」

「褒めるのは、まだ早いのでは?」

「いいえ。勝負はもうつきましたから」

「…………何を言って」


 突然、音葉の右腕が肩の部分から床に落ちた。


「あ…………」


 呆然とした顔で、音葉は床に落ちた自身の右腕を見つめる。


「どうやら、私の攻撃を一つ見逃していたようですね。心臓を狙う前の攻撃を」

「…………くっ」


 音葉は痛みに顔を歪めながら、左手に持った短刀を構える。


「おや、まだ、戦うつもりですか」

「当然です。あなたは彼方様の敵なのですから」

「…………ならば、しょうがないですね」


 ナグチ将軍は上半身を前に倒すような動きから、一気に前に出た。黄金色の短剣が音葉の防御をすり抜け、左胸に突き刺さった。

「かっ…………」


 音葉は口をぱくぱくと動かしながら、その場にくずおれる。


「さて、最後に言いたいことはありますか?」


 ナグチ将軍は蒼白の顔をした音葉に顔を近づけた。


「…………どっ、どうやら、私の…………負けのようですね」


 声を震わせて、音葉は唇を動かす。


「でも、あなた程度では…………彼方様には勝てません」

「勝てない?」

「えっ、ええ。私には見えるんです。あなたが彼方様に敗れる姿が…………」

「それは現実ではありません。ただの妄想です」


 ナグチ将軍は肩をすくめた。


「まあ、ここで死ぬあなたが結果を知ることはできませんが」

「…………ふっ。それも間違ってますね」


 音葉はメガネの奥の目を閉じた。


「あなたの死に様は…………彼方様から教えてもらうことにします」


 音葉の体がカードに変化し、一瞬で消えた。


「んっ…………?」


 ナグチ将軍の青い眉が中央に寄った。


「…………そうか。この女も氷室彼方が召喚してたんですね」


 ――複数同時召喚ができるのに、キルハ城では、わざと一体ずつ召喚してたのか。


 ――リスクを負っても、そんなことをやっていたのは、自分の能力を隠したかったんだな。


 ナグチ将軍は窓際に移動して、巨大な月が浮かんだ夜空を見上げる。


「残念ですね…………これだけの逸材を殺さなければいけないとは…………」


 深くため息をついて、ナグチ将軍は首を左右に動かした。

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