第241話 彼方vsテレサ千人長

「死ねっ! 氷室彼方!」


 テレサ千人長は低い姿勢からロングソードを斜めに振り上げる。青白い刃が彼方の上着を斬った。


 ――予想よりも速い。本気を出してきたな。


 彼方は短剣を振ってテレサ千人長の追撃を避けつつ、右に移動する。


「遅いっ!」


 テレサ千人長は右足を振り上げ、彼方の頭部を狙う。彼方はネーデの腕輪で蹴りを受けつつ、前に出た。肘をねじりながら、短剣を突き出す。


「当たるものかっ!」


 テレサ千人長は首を捻って短剣を避けつつ、唇を動かした。


 ――呪文攻撃か。この唇の動きは…………目をくらませる呪文だったな。


 前に戦った魔法戦士イリュートのことを彼方は思い出した。


 ――目くらましの呪文は白兵戦では使いやすい。詠唱時間も短いみたいだし。


 ――でも、その代わり、一瞬、動きが止まったね。


 彼方はテレサ千人長の手の位置を確認した。


 真っ白な光が周囲を昼間のように照らす。

 視界が奪われるが、彼方に動揺はなかった。テレサ千人長の手首を掴み、腰を捻りながら、彼女を放り投げた。

 ネーデの腕輪の力で、テレサ千人長は大きく飛ばされる。


 その時、テレサ千人長は気づいた。

 足元に着地すべき屋根がないことに…………。


「ひっ、氷室彼方ぁああああ」


 テレサ千人長は叫び声をあげながら、数十メートル下に落ちていった。


 ――攻めてきてくれて助かったな。これで逃げる時間ができた。


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。

 予定していた召喚カードを彼方は選択した。


◇◇◇

【召喚カード:クリスタルドラゴン】

【レア度:★★★★★★★★(8) 属性:土 攻撃力:6000 防御力:7000 体力:8000 魔力:5000 能力:水晶の鱗を飛ばして、広範囲の敵にダメージを与える。召喚時間:4時間。再使用時間:7日】

【フレーバーテキスト:ダメだ。剣も槍も魔法も効かない。どうやったら、このドラゴンを倒せるんだ?(魔法戦士レイアス)】

◇◇◇


 巨大なドラゴンが姿を現した。頭部だけで人の背丈ほどあり、全身がキラキラと輝く水晶の鱗に覆われている。目はルビーのように赤く、頭部に二本の角があった。


 クリスタルドラゴンは大きな口を開いた。


「我がマスターよ。命令は……………………お前たちを運ぶのだな?」

「うん。理解が早くて助かるよ」


 彼方は、ぽかんと口を開けているティアナールに手招きをした。


「ティアナールさん、早く!」

「あっ、ああ」


 ティアナールは彼方に駆け寄る。


「お前…………ドラゴンまで召喚できたのか?」

「そんなことより、急いで!」

「わっ、わかった」


 彼方とティアナールは、前脚の指と指を絡ませたクリスタルドラゴンに乗った。


「クリスタルドラゴン、とりあえず北に向かって!」


 クリスタルドラゴンは、大きな羽を動かして、ふわりと浮き上がる。

 彼方が下を覗くと、屋根の上に数十人の兵士たちの姿が見えた。


 ――ぎりぎりだったか。


 彼方は溜めていた息を吐き出す。


「彼方…………」


 ティアナールが彼方の手を握った。


「また、お前に助けられたな」

「いえ、ティアナールさんがさらわれたのは僕のせいだから」


 彼方は真剣な表情でティアナールに頭を下げた。


「本当にすみませんでした」

「お前が謝るようなことじゃない。サダル国の汚い罠にかかった私がいけないのだ」

「だけど…………」

「いいんだ」


 ティアナールは、ふっと笑みを漏らす。


「それに今は気分がいいからな。敵の城からドラゴンに乗って脱出するなんて、痛快じゃないか」

「そう…………ですね」


 彼方の表情が和らいだ。


「それにしても、ドラゴンに乗ったのは初めてだが、なかなか乗り心地がいいな」

「二度目ですよ」

「んっ? 二度目?」


 ティアナールが首をかしげる。


「それはどういう意味だ?」

「ザルドゥの迷宮から逃げ出した時、眠っていたティアナールさんをクリスタルドラゴンで運んだんです」

「…………そうだったのか」


 ティアナールは顔を上げて、クリスタルドラゴンを見つめる。


「こんな美しいドラゴンに二度も乗れるとは幸運だな」

「我としては移動手段ではなく、戦闘で呼び出してもらいたいのだがな…………」


 クリスタルドラゴンが不満げに口を動かした。


 ◇


 リシウス城の最上階にある部屋で、ナグチ将軍は窓の外を見ていた。

 月の光を浴びて輝くクリスタルドラゴンの姿に、青い眉が僅かに中央に寄る。


「どうやら、逃げられたようですね」


 メガネの位置を指先で調整しながら、ぼそりとつぶやく。


「それにしても、氷室彼方自身が女騎士を救いにくるとは。ヨム国の軍と連携が取れてないってことですか」


 ――とはいえ、やはり、氷室彼方は危険な存在だ。ドラゴンやゴーレムを召喚し、剣の腕前も一流。さらに攻撃呪文も使えるとなると、Sランクの上位と考えるべきか。。


「まあ、氷室彼方を殺す手段はいくらでもあります。そう思いませんか?」


 ナグチ将軍は窓を背にして、部屋の左隅を見つめる。


「私を暗殺するのは無理ですよ」


 数秒後、本棚の陰から黒い着物を着た女――音葉が現れた。


 音葉は結んでいた薄い唇を開く。


「よく気づきましたね」

「報告が入ってましたから。氷室彼方以外にも女の侵入者がいると」


 ナグチ将軍はだらりと手を下げたまま、一歩前に出る。


「で、あなたは氷室彼方の部下でいいんですか?」

「…………ええ。音葉と申します」


 音葉は丁寧に頭を下げた。


「あなたは氷室彼方といっしょに逃げなかったのですか?」

「陽動が目的でしたから。ついでに彼方様の敵であるあなたを殺しておこうと思いまして」

「…………ほう。上司思いですね」


 パンパンとナグチ将軍は拍手をした。


「ですが、それは不可能なことです」

「不可能?」

「はい。あなたが強いのはわかります。Aランクの冒険者レベルでしょうか。でも、私のほうがもっと強いんですよ」


 ナグチ将軍は微笑する。


「…………たしかに、あなたから強者の匂いがします。多くの命を奪った者の匂いが」


 音葉は二本の短刀の刃をナグチ将軍に向ける。


「だからこそ、あなたは殺しておかねばなりません。彼方様のために」

「…………そうですか」


 ナグチ将軍は、ふっと息を吐いた。


「では、しょうがないですね」


 二人は互いにメガネの奥の目を細くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る