第240話 リシウス城の戦い
別の階段から一階に戻ると、多くの兵士が動き回っていた。
「侵入者がいるかもしれないって、本当か?」
「ああ。テレサ千人長が、そう言ってた。あの人の勘はよく当たるからな」
「しかし、誰が侵入してるんだ?」
「ヨム国の奴らだろうな。ナグチ将軍の暗殺が狙いかもしれん」
「バカなことを。あの方を殺せる者などいない」
彼方とティアナールは手を繋いだまま、兵士たちの横をすり抜ける。
城の入り口に向かうと、百人近い兵士たちが扉の前に集まっていた。
中央にいる女の兵士が、部下らしき兵士たちに指示を出している。
女の兵士は黒髪で白銀の鎧を身につけていた。年齢は二十代後半で、肌は褐色、頭部に獣の耳が生えている。獣人と人間のハーフのようだ。
「いいか。この扉からお前たちは動くな」
女の兵士は七人の兵士を扉の前に並べた。
「モス十人長の部隊は裏門に行け! 絶対に扉から離れるなよ」
「わかりましたっ、テレサ千人長!」
十人の兵士たちが慌てた様子で、その場から走り去る。
「よく聞けっ!」
女の兵士――テレサ千人長は凜とした声で叫んだ。
「さっき、報告があった。どうやら、侵入者の目的はエルフの女騎士の救出だったようだ。今、奴らは城の中に隠れているはずだ!」
「では、やはり、侵入者はヨム国の奴らですか?」
「…………だろうな」
ふっと、テレサは唇の両端を吊り上げる。
「どうやら、あの女騎士は人質としての価値が高いようだ。絶対に逃がすなっ!」
「おおーっ!」
兵士たちが声をあげて走り出した。
――予想より見つかるのが早かったな。
彼方は柱の陰から、兵士たちの動きを確認した。
――扉をしっかりと守られたか。あの千人長、指示がしっかりしてる。
「ティアナールさん」
彼方はティアナールの尖った耳に唇を寄せた。
「入り口は無理なので、上に行きます」
「上? 上でいいのか?」
ティアナールの質問に彼方はうなずく。
「ええ。こんな状況になった時のことも想定してたから」
その時――。
「侵入者だ! 侵入者の女がいたぞ!」
どこからか、兵士の声が聞こえてきた。
――音葉が仕事してくれてるな。
「急ぎましょう。今がチャンスです」
彼方たちは音を立てずに移動を開始した。
◇
数十分後、彼方とティアナールは平坦な屋根の上にいた。
「彼方っ、ここは無理だ」
ティアナールが小さな声で言った。
「壁を下りるにしても高すぎる」
「いえ、大丈夫です。このぐらいの広さがあれば…………」
「誰かいるなっ!」
突然、背後から女の声が聞こえた。
振り返ると、そこにはテレサ千人長がいた。
「姿を消す術を使えるのか?」
「…………」
彼方たちは無言で後ずさりする。
「甘いな。たとえ、姿が見えなくても、私にはわかる。気配と匂いでな」
テレサ千人長は素早く呪文を詠唱した。
赤い粉塵が舞い散り、彼方とティアナールの体に付着した。
「見つけたぞ。侵入者め!」
――もう隠れるのは無理だな。
彼方はティアナールの手を離して、腰に提げた短剣を引き抜いた。
同時にテレサ千人長が彼方に攻撃を仕掛けた。
大きく足を踏み出し、青白く輝くロングソードを振り下ろす。
彼方はその攻撃を短剣で弾き返し、テレサ千人長のノドを狙う。
テレサ千人長は上半身をそらしながら、彼方と距離を取った。
数秒間、彼方とテレサ千人長は互いの顔を見つめ合う。
「…………お前、氷室彼方か?」
「僕の顔を知ってるんだね」
「ああ。似顔絵を確認したからな」
テレサ千人長はロングソードの刃を彼方に向ける。
「まさか、氷室彼方本人が女騎士を救いにくるとはな」
「大切な友人だからね。ティアナールさんは」
彼方は丸腰のティアナールを守るように動く。
――なかなか強いな。パワーもあるし、スピードもある。それに呪文も使えるようだ。魔法戦士ってやつだな。
「ふっ、ふふっ。残念だったな。こんな場所で私に見つかるとは」
テレサ千人長は屋根から下りる階段の前に立った。
「お前にとって残念なことだが、さっき、部下に指示を出しておいた。すぐに三百人以上の兵士たちが集まってくるぞ」
「三百人以上か…………」
「まあ、お前たち二人程度、私ひとりで十分だがな」
「自信があるんだね?」
「当然だ。強くなければサダル国の千人長にはなれん」
テレサ千人長は腰を落として、膝を軽く曲げる。
「ナグチ将軍はお前を利用しようと考えてるようだ。だが、降伏する気はないんだろう?」
「うん。逃げ切れると思ってるからね」
「その言葉を聞きたかった。これで、安心してお前を殺せる」
テレサ千人長の金色の瞳が猫のように細くなった。
「十秒だ。十秒でお前を殺して、我が名を世に広めさせてもらおう」
喋り終えると同時に、テレサ千人長は彼方に襲い掛かった。
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