第239話 彼方と音葉

 木の陰から顔を出すと、数十メートル先にサダル国の兵士たちの姿があった。

 兵士たちは険しい顔で鎧をつけている。


「でっ、ゴブリンの数はどれぐらいだ?」

「百前後らしい」

「まだ、そんな数の多い群れが近くにいたのか?」

「バカなゴブリンどもめ。俺たちにケンカを売るなんてな」

「さっさと殺して、酒でも飲もうぜ」


 兵士たちは喋りながら、南に向かう。


 ――予想通り油断してるな。まあ、兵士の数は数万ってところだろうし、百匹のゴブリンの群れでは脅威にはならないか。


 ――だけど、見張りの兵士たちの注意も引けている。これで潜入しやすくなるぞ。


「行こうか、音葉」


「はい」と言って、音葉は彼方のはめている幻影龍の指輪に触れる。


 ――これで、僕たちの姿は他者から見えなくなってるはずだ。


 彼方たちは音を立てないようにして、丸太で作られた門を抜ける。

 左右に見張りの兵士がいたが、彼方たちに気づくことはなかった。


「いいね。この調子で山頂の城を目指そう」


 彼方は音葉の耳元で唇を動かす。


 ――丸太の壁は迷路のように配置されてるけど、ミュリックの情報で城への道筋はわかってる。理想は誰とも戦わずにティアナールさんが囚われてる場所まで行くことだ。


 ――ティアナールさん。必ず助けますから。


 彼方は唇を強く結んだ。


 ◇


 数時間後、彼方と音葉は城の潜入に成功した。

 薄暗く細い通路を音葉と手を繋いだまま、移動する。


 彼方はミュリックの情報を思い出しながら、狭い石の階段を下りる。


 ――要人用の牢屋は地下の東側にあるって言ってたな。となると、この階段が本命だな。


 その時、階段の下から足音が聞こえてきた。


 ――この階段じゃ、すり抜けるのは無理か。


「音葉っ!」

「おまかせください」


 音葉が彼方の手を放し、階段を滑るように移動する。

 青紫色の短刀が兵士の心臓に突き刺さり、兵士は声を出すこともなく絶命する。


「死体はどうします?」

「適当な場所があったら隠しておいて。僕は先に進むから」


 そう言って、彼方は早足で階段を下りる。

 細い通路を数十メートル程進むと、木製の扉が見えた。


「ここか…………」


 かんぬきを外して扉を開くと、ベッドに横たわっているティアナールの姿が目に入った。

 ティアナールのまぶたは閉じていて、胸元が僅かに上下している。どうやら、眠っているようだ。


「よかった。ケガもなさそうだ」


 彼方はベッドに近づき、ティアナールの肩に触れた。


「ティアナールさん、起きてください」

「んっ…………」


 ゆっくりとティアナールのまぶたが開く。


 数秒間、ティアナールの動きが止まった。


「ティアナールさん?」

「…………かっ、彼方?」


 ティアナールは慌てた様子で上半身を起こした。


「どうして、お前がここに?」

「助けにきたんですよ」

「しかし、ここはリシウス城のはずだ。どうやって?」

「詳しい話は後で。逃げますよ」

「わっ、わかった」


 ティアナールはベッドから飛び降りた。

 

 ◇


「彼方様っ! 上の兵士たちに動きがあります。潜入がばれたのかもしれません」


 音葉が通路から顔を出した。


「なら、作戦通りにいこう」

「はい。陽動の役目はおまかせください」


 音葉は彼方に頭を下げて、すっといなくなる。


「おいっ、今の女は?」

「僕が召喚したアサシンです」


 ティアナールの質問に彼方が答える。


「彼女が兵士を引きつけてくれますから、僕たちは違う場所から脱出しましょう」

「だが、城の中は兵士だらけだぞ?」

「ある程度なら、なんとかなります」


 彼方は右手にはめた幻影龍の指輪をティアナールに見せる。


「この指輪に触っててください。そうすれば、姿が見えなくなりますから」

「はぁ? 何だ、そのマジックアイテムは?」


 ティアナールは驚いた顔で幻影龍の指輪を見つめる。


「もし、そんな効果があるのなら、国宝級のマジックアイテムだぞ」

「いろいろ制限もあるんです。そのことは歩きながら話しますから」


 彼方はティアナールの手を握って走り出した。

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