第238話 夜のリシウス城
二日後の夜、彼方はガリアの森の中を走っていた。青白く発光する森クラゲを手の甲でどかしながら、密集した木々の間を進む。
数十分後、視界が開け、四百メートル程先にリシウス山が見えた。
リシウス山は高さ三百メートル程の小さな山で、斜面には迷路のように丸太の壁が作られている。山頂付近にある石造りの城は長方形の積み木をいくつも重ねたような形をしていた。
「あれがリシウス城か…………」
彼方は口元に親指の爪を寄せる。
――守りをしっかり固めてるな。ヨム国の軍隊を警戒してるのか。
脳内にガリアの森の地図が浮かび上がる。
――ここから東にある峡谷に橋が架かっていて、そこからヨム国を攻めるのが、サダル国の基本戦略なはず。
――そして、ティアナールさんをさらったのは、僕と交渉するためだろう。前に傭兵団のお爺さんが言ってたように、魔神ザルドゥを倒したのはウソだと宣言させようってところか。僕がティルキルを倒したことが広まる前に…………。
彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。
彼方は一枚のカードを選択した。
◇◇◇
【アイテムカード:ゴブリン戦士の棲家】
【レア度:★★★★★★(6) 100匹のゴブリン戦士が棲む家。具現化時間:8時間。再使用時間:12日】
◇◇◇
彼方の前に動物の骨で作られたいびつな家が出現した。その家は二階建てで、ところどころに穴のような窓がある。
その穴から緑色の肌をしたゴブリンが現れた。ゴブリンは革製の鎧を装備していて、腰には短剣を提げている。
ゴブリンたちは彼方を囲み、片膝をついて頭を下げる。
「僕がマスターだと、わかってるね?」
「グ…………ギュア」
ゴブリンは黄ばんだ牙をカチカチと鳴らす。
「人の言葉はしゃべれないみたいだけど、理解はしてるようだね」
彼方はゴブリンたちを見回し、言葉を続ける。
「君たちの仕事は陽動だよ。あの城の周囲にサダル国の兵士がいるから、攻撃を仕掛けて」
「ギュ…………ギュ」
「ただ、無理をする必要はないから。不利になったら、すぐに南に逃げて、時間を稼いで欲しい。できる?」
「ギャギャ…………」
「ギュ…………ギャ」
ゴブリンたちが嬉しそうに騒ぎ出した。
彼方に命令されることを喜んでいるようだ。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
百匹のゴブリンたちは鳴き声をあげながら、斜面を駆け下りていく。
「さて、次は…………」
◇◇◇
【召喚カード:毒使いのアサシン 音葉】
【レア度:★★★★★★(6) 属性:闇 攻撃力:1600 防御力:300 体力:1000 魔力:300 能力:強力な毒を使う。召喚時間:1日。再使用時間:14日】
【フレーバーテキスト:人を殺すのに力は必要ありません。小さな傷をつければ、それで終わりなんですから】
◇◇◇
スズランの柄の黒い着物を着た二十代の女――音葉が現れた。
腰まで伸びたストレートの髪は黒く、黒縁の大きなメガネをかけている。肌は青白く、赤紫色と青紫色の短刀を手にしている。
「彼方様、召喚していただき、感謝します」
音葉は丁寧に頭を下げた。
「音葉、君の仕事は、僕といっしょに城に潜入して、ティアナールさん…………エルフの女騎士を助け出すことだよ」
「そのような仕事なら、お役に立てそうです」
「うん。期待してる」
彼方は、さらにカードを選択した。
◇◇◇
【アイテムカード:幻影龍の指輪】
【レア度:★★★★★★★★(8) 装備した者と幻影龍の指輪に触れた者の姿を他者から見えなくする。装備した者が戦闘行動を取った場合、その効果は失われる。具現化時間:5時間。再使用時間:19日】
◇◇◇
彼方は出現した幻影龍の指輪を手に取った。
ドラゴンの目のような形をした指輪を右手の人差し指にはめる。
「幻影龍の指輪を使うんですね」
「うん。敵の兵士の数が多いし、連携や守りもしっかりしてるだろうからね。こっちも強いカードを使っていかないと。それに、このカードは君と相性がいいから」
「ええ。状況によっては私が相手を殺せますから。音を立てることなく」
音葉の唇の両端が僅かに吊り上がる。
「じゃあ、始めようか」
彼方と音葉はリシウス山に向かって走り出した。
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