第235話 新たな始まり(5巻部分開始)
周囲の木々を鏡のように映している美しい湖の側で、彼方は大きく背伸びをした。
朝の太陽の光が彼方の姿を照らす。
寝癖のついた黒髪に色白の肌、服は青紫色の上着に灰色のズボン。多くのアイテムが入る魔法のポーチを腰につけている。
彼方は腰を捻るようにして周囲を見回した。
広葉樹の枝葉の上を二つのしっぽを持つリスが走り回っている。
「ほんとに不思議な世界だな…………」
彼方は、ぼそりとつぶやく。
――この場所に移動してから五日目か。サダル国の追っ手もないし、モンスターの姿も見当たらない。潜伏するにはいい場所だな。
「彼方ーっ!」
茂みから獣人と人間のハーフのミケが現れた。ミケは茶色のしっぽを揺らして、彼方に駆け寄る。その手には大きなポク芋が二つ握られていた。
「おっきなポク芋見つけたにゃー」
ミケは自身の手のひらよりも大きなポク芋を彼方に見せる。
「これで朝ご飯を作るにゃ。バターと胡椒もあるから安心するにゃ」
「うん。美味しそうだね」
彼方はミケの頭の上に生えた耳を軽く撫でる。
その時、彼方の背後から足音が聞こえてきた。
振り返ると、いっしょに異世界に転移した香鈴、ダークエルフのエルメア、有翼人のニーアがいた。
エルメアがひもで縛った二羽のチャモ鳥を彼方に渡す。
「オスのチャモ鳥を二羽捕まえた。これで今日の分は余裕だろう」
「うん。ミュリックはリシウス城に偵察に行ってるからね。五人なら、これで十分だよ。ミケがポク芋を見つけてくれたし」
「うむにゃ」とミケがうなずく。
「みんなのご飯を手配するのは、食べ物大臣の大事な仕事だからにゃ」
ミケの言葉に、仲間たちの表情が緩んだ。
――携帯用の食料はなくなったけど、こうやって現地調達できるから、飢えることはなさそうだな。
◇
彼方がポク芋のバター焼きを食べていると、遠くから爆発音が聞こえた。
彼方は素早く立ち上がり、視線を音がした方向に向ける。
――今の音は…………攻撃呪文か。
「みんなは飛行船に戻ってて! 僕は様子を見てくるから」
彼方は仲間に指示を出して、森の中を走り出した。緑色の苔の生えた巨木の間を縫うように進む。
やがて、彼方の瞳に見覚えがある女のモンスターの姿が映った。
女の肌は青白く、額に角が生えている。瞳は赤く、赤い唇の両端から白い牙が見えていた。
――四天王ガラドスの参謀のキリーネか。
彼方はガラドスと戦った時に側にいたキリーネのことを思い出した。
キリーネは腕から血を流していて、その前には銀色の毛に覆われたハリネズミのようなモンスターがいた。
ハリネズミのモンスターは背丈が百五十センチ程で、背中が丸く、両手に青白く輝くムチを持っていた。
二体のモンスターの会話が彼方の耳に届いた。
「そろそろ、デスアリス様の部下になる気になったか? キリーネ」
「ふざけるなっ! ダズル」
キリーネはハリネズミのモンスター――ダズルを睨みつける。
「私がガラドス様を裏切ると思ってるのか?」
「裏切るしかねぇだろ。もう、ガラドスは終わりなんだからな」
ダズルは牙が生えた口を開いて笑った。
「みんな、知ってるんだぜ。ガラドスが氷室彼方にやられたことを」
「それがどうしたっ!」
キリーネの声が大きくなる。
「氷室彼方は人間だが、強い男だ。奴に負けたとしても、ガラドス様の価値が下がることはない!」
「それはどうかな? 既に七割の部下がガラドスから離れたと聞いたぞ。そして、そのうちの四割は我が主、デスアリス様の部下となった」
クククとダズルが笑い声を漏らす。
「所詮、ガラドスなど力だけの男。上に立つには頭が悪すぎる」
「頭が悪いだと?」
「そうさ。氷室彼方が強くとも、殺す方法はいくらでもある。奇襲をかけてもいいし、集団で攻めてもいい。そんなこともわからないとは、ガラドスの脳みそは筋肉でできてるようだ」
「違うっ! ガラドス様は、あえて一対一で氷室彼方と戦ったんだ。そうでないと意味がないと言われて」
「それがバカってことだ」
ダズルは尖った銀の体毛を小刻みに揺らす。
「俺なら、氷室彼方を簡単に殺せる。背後から忍び寄って首を斬れば、それで終わりだ。と、それも悪くないな。奴を殺せば、俺の名を広めることができる」
「お前ごときに、氷室彼方がやられるものか」
キリーネは先端が二つに分かれた短剣をダズルに向けた。
「それに、あの男を倒す権利があるのはガラドス様だけだ!」
「ふんっ、お前もバカな女だな。デスアリス様の部下になれば、死ぬことはなかったろうに」
ダズルは左右のムチをピシリと鳴らした。
「じゃあ、死ね」
その時――。
◇◇◇
【呪文カード:魔水晶のジャベリン】
【レア度:★★★★★(5) 属性:地 対象に強力な物理ダメージを与える。再使用時間:7日】
◇◇◇
青白く輝く半透明の槍がダズルの背中に突き刺さった。
「があっ…………」
大きく口を開けて、ダズルが振り向く。
そこには彼方が立っていた。
「お…………お前…………まさか…………」
「うん。氷室彼方だよ」
彼方は自身の名を口にした。
「僕を殺す気みたいだったから、先に攻撃させてもらったよ。背後からの奇襲だけど文句はないよね?」
「…………そっ、そんなバカ…………がっ」
ダズルは呆然とした表情を浮かべて、地面に倒れた。
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