第234話 ティアナール(4巻部分終了)

 数日後の夜、ヨム国の王都ヴェストリアの大通りをティアナールが歩いていた。


 ぽっかりと浮かんだ巨大な月がティアナールの淡い金髪を照らしている。

 既に食事の時間は過ぎ、通りを歩く者たちの数は少なくなっており、閉まっている店の数も多い。


 ――サダル国と揉めているとはいえ、王都は落ち着いてるな。


 ――南の国境は多くの兵士たちが守っているし、ガリアの森から攻めるにしても、ウロナ村の周辺に作られた砦が侵攻を食い止めるだろう。だが…………。


 ティアナールの脳裏に彼方の姿が浮かび上がる。


 ――彼方がいるキルハ城はカカドワ山の西にあって、守る兵士もいない。彼方の強さはわかっているが、訓練された兵士たちに不意をつかれれば不覚を取るかもしれん。それに、Sランクのティルキルが彼方を狙っている情報もある。


「無事ならいいのだが…………」


 ティアナールは整った眉を中央に寄せる。


 その時、細い路地から少女の声が聞こえてきた。


「んっ? 何だ?」


 ティアナールは足音を忍ばせて、裏路地に入る。


 十数メートル進むと、十代半ばの少女を二十代の男三人が囲んでいる光景が見えた。

 男たちの声がティアナールの尖った耳に届く。


「…………なあ、いいだろ? ちょっとぐらいつき合ってくれてもさぁ」

「ああ。金ならあるんだ。上手い飯を食わせてやる」

「その代わり…………わかってるよな?」

「やっ、止めてください」


 少女が震える声を出した。


「私…………家に帰らないと、お母さんが…………」

「金を持って帰れば、親も喜ぶだろうさ。ほらっ、来いよ」


 ひげを生やした男が少女の手を掴む。


「いっ、イヤっ!」


 少女は怯えた表情で首を左右に振る。


 ――やれやれ。困った奴らだな。


 ティアナールはため息をついて、男たちに歩み寄った。


「おいっ! 何をやってる!?」


 三人の男たちが同時に振り向いた。


「…………何だ、お前は?」

「私は白龍騎士団、百人長のティアナールだ!」


「助けてください!」


 少女がティアナールに駆け寄る。


「この人たちが私を…………」

「ああ。わかってる」


 ティアナールは少女をかばうように前に出た。


「女と遊びたいのなら、風俗街に行くんだな。あそこなら、お前たちの相手を喜んでしてくれる女がいっぱいいるだろう」

「…………あいにくだが、風俗街の女には興味がない」


 ひげを生やした男がティアナールをじっと見つめる。


「そこまで、この少女を気に入ったのか?」

「いいや。俺が興味を持ってるのはお前だよ」

「…………どういう意味だ?」

「それは…………な」


 突然、首筋にちくりとした痛みを感じて、ティアナールは右に跳んだ。


 視線を動かすと、少女の手に小さな針が握られていることに気づく。


「お、お前…………」

「そう。私とそこの三人は仲間ってこと」


 可愛らしい声で少女が言った。


「何のつもりだっ!」


 ティアナールは腰に提げていたロングソードを引き抜いた。


「あなたをさらえば、サダル国のお偉いさんが大金を払ってくれるのよ」

「ふざけ…………」


 ぐらりとティアナールの体が傾き、地面に横倒しになった。


「くっ…………毒…………か」

「安心して。眠くなるだけだから」


 少女はしゃがみ込んで、ティアナールの顔を覗き込む。


「もう、動けないみたいね。荷車の準備はできてる?」

「ああ。南門を抜ける手配も終わらせてる」


 ひげを生やした男が答える。


「急ぐぞ。見回りの兵士たちに見つかると面倒だ」


 男たちが倒れたティアナールに近づく。


「何故、私を…………」

「それは依頼主に聞いてくれ。俺たちは仕事を受けただけだからな」

「おの…………れ…………」


 ティアナールの口がぱくぱくと動く。


「か…………彼方…………」


 視界が真っ白になり、ティアナールは意識を失った。

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