第233話 戦いの終わり

 一時間後、戻ってきた飛行船の甲板で、彼方は仲間たちと合流した。


「彼方くん!」


 香鈴が心配そうな顔で彼方に駆け寄った。


「大丈夫? ケガしてない?」

「少し脇腹が痛いかな。でも、動けないわけじゃない」

「それなら、私が回復呪文かけるから」

「その前に、とりあえず、ここから移動しよう。サダル国の兵士は全滅させたけど、僕たちがここにいる情報は漏れてる可能性があるから」

「どこに行くの?」


 香鈴の質問に彼方は視線を西に向ける。


「とりあえず、西に移動しよう。多分、サダル国は王都がある東側に僕たちが逃げると予想するだろうから」

「でも、西側には…………」

「うん。四天王配下のモンスターがたくさんいるね。だから、サダル国も動きにくい」


「悪くない手だな」


 ダークエルフのエルメアが胸元で腕を組んだ。


「四天王のガラドスとは休戦状態になっているから、奴らの根城の近くに行けば、揉めることはないだろう」

「場所はわかる?」

「ある程度ならな」

「じゃあ、案内頼むよ。とりあえず、リシウス山の城にいるナグチ将軍の動きも確かめたいし」


 険しい顔をして、彼方は唇を強く結ぶ。


 ――少なくとも、僕がゴーレムとドラゴンを召喚できる情報は、ナグチ将軍に漏れてるだろうな。そして、第九師団の全滅とティルキルたちが死んだことも、すぐにバレるか。


 ――となると、もっと多い戦力で僕たちを狙ってくる可能性が高い。


「まだまだ、危険な状況は続くか…………」


 彼方は、香鈴、ミケ、ミュリック、エルメア、ニーアを順番に見る。五人の少女たちの姿が西に沈む夕陽に照らされている。


 ――みんなを守るためにも、もっと安全な環境を手に入れないと!


「彼方ーっ!」


 ミケが彼方の上着を掴んだ。


「さっきは香鈴が飛行船の操縦したのにゃ。今度はミケがやりたいにゃ」

「うん。せっかくだから、ミケとニーアにも操縦を教えるよ。全員覚えておいてくれたほうがいいからね」

「うむにゃ。ミケも役に立つところを見せるのにゃ」


 ミケは両手を腰に当てて、ぐっと胸を突き出す。


 その仕草に彼方の頬が緩んだ。


 ◇


 彼方たちを乗せた飛行船が、ふわりと浮き上がった。

 ドラゴンの頭部の飾りがついた舳先を夕陽に向けて、飛行船は赤紫色に変化した空を進む。

 ミケに操縦を教えながら、彼方は正面のパネルに映る広大な森を眺める。高さ数十メートルの巨木の上を飛ぶ七色の鳥の集団が見えた。


 ――この世界に転移して、約四ヶ月か。悲しいこともあったけど、信頼できる仲間ができたことは幸運だったな。


 この場にいないティアナールとレーネのことを思い出す。


 ――あの二人もいれば、もっと心強かったのに。


 ふっと、彼方の口角が吊り上がる。


 ――前の世界にいた時は、あんまり他人に興味もなくて、クラスメイトとも浅いつき合いだった。でも、この世界に転移してから、僕も変わったのかもしれない。楽しくて心が安まる仲間たちと、いっしょにいることが楽しくなってる。


「この世界も悪くないか…………」


「んっ? 何か言ったかにゃ?」


 隣にいたミケが不思議そうな顔で彼方を見上げる。


「…………ミケやみんなと出会えてよかったって思っただけだよ」


 そう言って、彼方はミケの頭部に生えた猫の耳を優しく撫でた。

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