第214話 戦いの始まり

 翌朝、城門の前でコロン十人長は彼方に頭を下げた。


「氷室男爵、本当に世話になった」


 コロン十人長の後ろにいた六人の騎士たちも次々と頭を下げる。


「あなたのおかげで私たちは死の運命から逃れることができた。感謝する」

「いえ。皆さんのケガを治したのは七原さんだし、僕はたいしたことしてませんよ」


 彼方は笑顔を騎士たちに向ける。


「それより、気をつけてください。王都に戻る皆さんをサダル国の兵士が狙ってくる可能性があります」

「ああ。わかってる」


 真剣な顔でコロン十人長はうなずく。


「だが、私たちより、キルハ城にいるあなたたちのほうが危険です。多分、早ければ今日中にも千人近い兵士たちが、ここを襲ってくるでしょう。Sランクのティルキルたちといっしょに」


 コロン十人長の体が微かに震えた。


「あなたの実力がSランクに近いことは昨夜の戦いでわかっています。ですが、あなただけでは軍隊には勝てない」

「…………かもしれませんね」

「やはり、あなたも私たちといっしょに逃げたほうがいい。領主として、城を奪われるのは屈辱でしょうが」

「いや、城のことはどうでもいいんです」


 彼方は側にいた香鈴とミケをちらりと見る。


「僕にとって大事なのは仲間ですから」

「仲間…………ですか」

「はい。城や領地は奪われても取り戻すことができます。でも、大切な仲間が死んだら、それで終わりです。なら、どっちを重視するかは自明の理でしょう」

「それなら、なおさら王都に戻るべきでは?」

「いろいろ事情があるんです」


 彼方は困った顔で頭をかいた。


 ――エルメアとニーアのこともあるし、キルハ城を奪われた状態で王都に戻るのは避けたほうがいい。それを理由に罪に問われる可能性もあるし。


「まあ、まともに軍隊と戦う気はありませんから」

「…………何か手があるんですね?」

「いくつかは考えています。だから、僕たちは大丈夫です」


「うむにゃ」


 ミケが胸元で腕を組んでうなずいた。


「彼方は強いし、ミケもついてるからにゃ」

「…………そうか」


 コロン十人長の頬が緩んだ。


「それなら安心だな。氷室男爵を頼むぞ」

「了解にゃ。ご機嫌うるわしくがんがるにゃ」


 ミケは背筋を伸ばして敬礼のポーズを取った。


 ◇


 若い騎士たちが去って行くと、エルメアとニーアが現れた。

 エルメアが周囲を見回しながら、彼方に歩み寄る。


「昨夜は襲撃があったようだが、被害はないのか?」

「うん。兵士が三十人ぐらいだったから」

「三十人の敵は多い気がするが、お前の力があれば問題ないか」

「ただ、問題はこれからだよ」


 彼方は視線を南西の森に向ける。


「どうやら、千人規模の部隊が、ここに攻めてくる可能性があるから」

「千人だとっ!?」


 エルメアの声が高くなる。


「うん。しかもSランクの冒険者が二人以上いるみたいだ」

「それは、さすがにまずい状況だぞ。戦力差がありすぎる」

「…………そうだね」


 彼方は親指の爪を唇に寄せる。


 ――真っ正面から受けて立つ手もなくはない。だけど、こっちも★の多いカードを多く使うことになるし、敵国に僕の能力の限界を知られる可能性もある。


 ――できることをやらないことで先々の敵の裏をかくことも重要だ。主力の軍隊も残ってるし、残り二人の四天王の動きも気になる。それにヨム国も…………。


「とりあえず、状況に合わせて動けるように準備しておこう」

「ああ。私もそれなりには戦えるし、隠密行動も得意だ。お前の指示に従って、どんなことでもやろう」


「わっ、私も頑張るからっ!」


 胸元に両手を寄せて、香鈴が首を縦に動かす。


「ニーアも頑張る」


 香鈴の隣でニーアもうなずいた。


「うん。みんな、よろしく頼むよ」


 彼方は五人の仲間たちに個別の指示を出した。


 ◇


 ガリアの森がオレンジ色に染まる夕刻、数百人の兵士たちが茂みの中から現れた。兵士たちは横陣を敷き、斜面を数十歩進む。


 その光景を塔の上から見ていた彼方は、すぐに動き出した。

 素早く石段を駆け下り、城門に向かう。


 ――しっかりと陣形を組んで攻めてくるか。ただ、兵士の数は情報より少ない。残りは様子見して森の中に隠れてるんだろう。


 彼方はコロン十人長から聞いた情報を思い出す。


 ――より危険なのは動きが予想しやすい軍隊よりもSランクのパーティのほうだな。強力な遠距離からの呪文攻撃があるし、白兵戦が得意な狂戦士もいる。まずは彼らの動きを掴んでおきたいところだ。


 半分開いた城門の前で彼方は意識を集中させた。三百枚のカードが周囲に浮かび上がる。


 ◇◇◇

【召喚カード:人型破壊兵器 ガギオン】

【レア度:★★★★★★★(7) 属性:無 攻撃力:7000 防御力:3500 体力:4500 魔力:0 能力:電熱ブレードと火球大砲装備。召喚時間:1時間。再使用時間:20日】

【フレーバーテキスト:魔法と科学の融合が恐るべき兵器を生み出した。もはや、アレを止められる者などいない(魔法学者テンマ)】

 ◇◇◇


 青黒い金属と無数の歯車が組み合わさったロボットが現れた。全長が七メートルを超えていて、頭部には五つのレンズがついている。右手には刃が赤く輝く電熱ブレード、左手には魔法陣が刻まれた大砲を装備している。


「ガギオン! 攻めてくる兵士たちを倒せ!」


 彼方の声に反応して、ガギオンの無数の歯車が動き出した。両肩の突起から白い蒸気を噴き出し、左手の大砲を兵士たちに向ける。

 銃口からオレンジ色の火球が発射され、横陣を敷いていた兵士たちが爆発音とともに吹き飛ばされる。


 ガギオンは両足についた車輪を動かし、混乱する兵士たちに電熱ブレードで攻撃を仕掛けた。 

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