第211話 ティルキルとイゴール
数時間後、Sランクの冒険者ティルキルは無数の騎士たちの死体を見て、青紫色の髪をかき上げた。
同じパーティーでSランクのイゴールが巨体を揺らして、ティルキルに近づく。ドラゴンの鱗で作られた鎧が血に染まっていて、錆びた鉄のような臭いが周囲に漂う。
「おいっ、ティルキル」
イゴールが野太い声を出した。
「腕をケガしちまった。回復呪文で治してくれよ」
ティルキルは筋肉の詰まったイゴールの太い腕を見る。
「かすり傷じゃないか。お前なら、ほっといても一日で治る傷だ」
「でも、微妙に痛いんだよ。ひりひりしてよぉ」
「なら、第九師団の奴らに治してもらえ。俺は高位呪文を連続で使って、死ぬほど疲れてるんだ」
「魔力回復の薬を飲めばいいじゃねぇか。どうせ持ってるんだろ? 最高級の一品を」
「戦闘が終わった後に貴重な薬を使えるかよ。あれを作る秘薬を集めるだけでも金貨二十枚が必要だったんだからな」
「おーっ、そりゃすげぇ。魔力回復の薬って、そんなに金がかかったのか?」
「俺のは特別製だからな」
ティルキルは首と肩を軽く回す。
「もともと、俺の魔力の量は普通の魔道師の十倍以上だ。それを満たす薬は、なかなか作ることができないのさ」
「魔力の量が十倍って、化け物かよ!」
「お前が言うな」
ティルキルはイゴールに突っ込みを入れる。
「お前の戦い方のほうが、よっぽど化け物だぞ。オーガ以上のパワーでマジックアイテムの大剣を振り回すんだからな。百人以上はお前が殺したよな?」
「途中で数えるのを止めちまったからな」
イゴールは常人の三倍以上太い指を折り曲げる。
「俺と戦う前に、崖から飛び降りた奴らもいっぱいいたから」
「そのほうが痛みもなさそうだし、悪い選択じゃなさそうだ」
「ティルキル様」
魔法文字が刻まれた鎧をつけた男――ギジェル千人長がティルキルに声をかけた。
「ありがとうございます。ティルキル殿とイゴール殿のおかげで、楽に勝つことができました」
「それが仕事だからな。軍と協力して、派手に戦えとタリム大臣から依頼を受けている」
「派手にですか?」
「俺たちの力を見せつけるんだとさ。なんせ、俺たちのパーティーは魔神ザルドゥを倒したんだからな」
「…………そうでしたな」
ギジェル千人長が笑みを漏らす。
「我ら第九師団も支援したことになっておりました」
「まっ、これも政治ってやつだ。ガリアの森を手に入れるためには理由も大事だからな」
ティルキルは肩をすくめる。
「つーかよぉ」
イゴールが口を挟んだ。
「ザルドゥ一匹だけなら、俺とティルキルとメルーサで殺れたと思うぜ」
「そうだな。特別製の秘薬全て使って奇襲をかければ、なんとかなったかもしれん」
「だろ。俺の大剣はドラゴンの硬い皮膚でも簡単に斬り裂けるからな」
イゴールは牛のように太い舌で唇についた血を舐めた。
「で、これから、俺たちはどうするんだ?」
「そのことですが…………」
ギジェル千人長が口を開いた。
「百人程、我らの包囲を突破して逃げた騎士たちがいます。まずは奴らを殲滅するのが最優先かと」
「百人程度なら、すぐに殺れるだろ。どっちに逃げたんだ?」
「北西の方向です。多分、キルハ城に逃げ込むのではないかと」
「たしか、キルハ城にはザルドゥを倒した異界人がいるんだよな?」
「そうヨム国が
「ふーん。それは面白そうだな」
イゴールが牙のような歯を見せて笑った。
「ザルドゥを殺した者同士で戦うのも悪くねぇ」
「ただ、気になることがあります。氷室彼方と接触した傭兵団から連絡が途絶えているんです」
「死んだってことか?」
「おそらく。傭兵団を全滅させる戦力がキルハ城にあるということになります」
「傭兵団を殺したのは、こいつらじゃねぇのか?」
イゴールは周囲に散らばっている騎士たちの死体を見回す。
「たしかにその可能性はあります。ですが、他にも別働隊がいるのかもしれません」
ギジェル千人長は鋭い視線をキルハ城のある北西に向ける。
「兵士がいないと見せかけ、こちらを罠にはめようとしてる可能性もあるかと」
「めんどくせぇな。そんなの気にせずに力で攻めればいいじゃねぇか」
「全ての兵士が、イゴール様のように力があるわけではありませんから」
「ははっ、そうだな」
ティルキルが笑い出す。
「とりあえず、逃げた騎士たちを追うか。そこから情報が手に入るだろう」
「何だ。全員殺したらダメなのか?」
「お前、まだ殺し足りないのか?」
「久しぶりだからよぉ。ここまで、大っぴらに人を殺せるのは」
イゴール興奮した様子で息を荒くする。
「つーか、殺した数なら、お前のほうが多いじゃねぇか」
「俺は好きで殺してるわけじゃない。仕事だからだ」
ティルキルは淡々とした口調で言った。
「相手が善人でも悪人でも関係ない。それに戦争だからな。弱い奴が死ぬのも必然だ」
「ああ。戦争は最高だ。人を殺しまくって、金が手に入るんだからな」
オーガのように太い手をこぶしの形に変えて、イゴールはにたりと微笑した。
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