第210話 金獅子騎士団

 深い森の中を金獅子騎士団の騎士たちは南に向かって歩いていた。高さ三十メートルを超える広葉樹の木々の間を抜け、子供の背丈程もあるキノコが生えた斜面を登る。


 先頭を歩いていた騎士たちの視界が開け、左側に深い谷が見えた。ケーキをナイフで切ったように地面がなくなっていて、底には細い川が流れている。


 部隊の中央にいたアモス千人長に、背の高い騎士――ヘンリク百人長が駆け寄った。


「アモス千人長、斥候から連絡が入りました。約八キロ先にサダル国の工兵部隊がいます」

「数は?」

「三百前後のようです」

「情報通りだな」


 アモス千人長は厚い唇の両端を吊り上げる。


「この方面に工兵部隊がいるということは、やはり峡谷に橋を架けるつもりか」

「でしょうな。三つほど橋を架ければ、ガリアの森の東に出ることができます。そこに拠点を作れば、ウロナ村を攻めやすくなる」

「強欲なことだ。ガリアの森の西側だけにしておけば、数ヶ月は領土が増えたものを」

「それだけ本気なのでしょう。サダル国は」


 ヘンリク百人長は呪文強化の指輪をはめた手で痩けた頬に触れる。


「で、どうします?」

「当然、殲滅する」


 アモス千人長は即答した。


「我らの任務は偵察が基本だが、『落ちているコインはリル貨でも拾え』だ。それに、殲滅した後、北に移動すれば、サダル国がキルハ城を攻めるだろう」

「そうなれば、領主の氷室彼方は死に、アモス千人長の弟君が新たな領主になると」

「まだ、十四歳の子供だがな」


 アモス千人長は肩を軽く動かす。


「領民も村もない領地だが、鉱山もあるし、開拓する場所はいくらでもある。未来に期待するか」


 ◇


 騎士たちは深い谷に沿って歩き出した。膝元まで伸びた野草をかき分け、南に向かって進む。谷から吹き上げてくる風が騎士たちの髪を揺らした。


 左端を歩いていた騎士の上半身が僅かにぐらついた。

 隣にいた騎士が白い歯を見せて、ぐらついた騎士の肩を叩く。


「おいおい、谷に落ちるなよ。空でも飛べない限り、即死確定だからな」

「わかってる。ちょっと小石に躓いただけだ」


 ぐらついた騎士は短く舌打ちをする。


「安心しろって。お前が谷底に落ちても、弔慰金は出るからな」

「死んだ後に金もらっても意味ねーよ!」


 周囲の騎士たちが笑い声をあげた。


 その時――。


 空が輝き、数百本の黄金色の矢が出現した。矢は光の尾を引きながら、騎士たちの体に突き刺さる。

 一瞬にして数十人の騎士たちが倒れ、悲鳴と怒号が響き渡った。


「てっ、敵襲っ! どこかに魔道師がいるぞ!」

「前だっ! 前の林に誰かいる!」

「マジックシールドを張れ!」


 ヘンリク百人長が叫ぶと、七人の騎士が銀の杖を空に向け、呪文を詠唱する。空に半透明の赤い膜が現れ、黄金色の矢の攻撃を受け止める。


「隠れてる魔道師を殺せ!」


 ロングソードを持った騎士たちが、雄叫びをあげて前方の林に向かって走る。


 林の中から、二十代の男が現れた。男は黒い革製の服を着ていて、両手に八つの指輪をはめていた。髪の毛は青紫色で瞳も青紫、薄く整った唇の両端が微かに吊り上がっている。


 特徴のある髪の色と少し尖った耳を見て、ヘンリク百人長は男が誰か気づいた。


「Sランクの魔法戦士ティルキルだ!」

「その通りだ!」


 男――ティルキルはにやりと笑って、素早く呪文を詠唱する。青色の指輪が輝き、近づいてきていた十人の騎士たちの足が凍りついた。


「ひるむなっ!」


 ヘンリク百人長の声が聞こえた。


「いかにティルキルとて、高位の呪文は連続で撃てない。今のうちに攻めるんだ!」

「うおおおおっ!」


 数十人の騎士たちがロングソードを構えて走り出した。

 近づいてくる騎士たちを見ても、ティルキルの笑みは消えなかった。


「頼むぞ、イゴール」


 そう言うと、背後の林から、背丈が二百五十センチを越えた大男が現れた。男はドラゴンの鱗で作られた分厚い鎧を装備していた。頭に毛はなく、下唇から牙のような歯が見えている。


 大男――イゴールは背負っていた二メートル近い大剣を片手で持ち上げた。その大剣はノコギリの刃のように側面がギザギザになっていて、柄には魔法文字が刻まれていた。


「さて、楽しませてもらうか」


 イゴールは牙のような歯をガチリと鳴らして、走り出した。近づいてくる騎士たちに向かって大剣を振り上げる。ギザギザの刃が高速で回転を始めた。地響きのような音を立てる大剣をイゴールは振り下ろした。

 先頭にいた騎士の体が鎧ごと真っ二つになった。


 さらにイゴールは前に出る。足の止まった三人の騎士たちに向かって、大剣を真横に振る。三人の騎士たちは体を潰され、宙を舞った。血と肉片が周囲に飛び散り、野草を赤く濡らした。


「おのれっ! 化け物がっ!」


 マジックアイテムの槍を持った四人の騎士が一斉にイゴールに攻撃を仕掛ける。

 だが、間合いはイゴールのほうが広かった。高速に回転する刃の大剣が四人の騎士の命を一瞬で奪った。


「Sランクの狂戦士イゴールか!」


 ヘンリク百人長の声が掠れる。


「落ち着け! 弓と呪文で牽制しつつ、囲んで攻めろ!」


 多くの矢がイゴールに向かって放たれたが、その全てが分厚い鎧に防がれた。


「くそっ! ティルキルが防御呪文をイゴールにかけてるのか」


「ヘンリク百人長!」


 アモス千人長が怒りの表情で駆け寄ってきた。


「何をやってる! Sランクとはいえ、敵は二人だぞ。さっさと殺せ!」

「左が崖で攻めにくい位置に狂戦士のイゴールがいるんです。奴はオーガとも素手で戦える化け物です」

「ならば、右の林からジム百人長の部隊を回り込ませろ! 先に魔法戦士のティルキルを殺すのだ。そうすれば…………」


 突然、右側の林から、千人近いサダル国の兵士が現れた。兵士たちは横陣を組み、混乱した金獅子騎士団の騎士たちに攻撃を仕掛けた。


 逃げようとした騎士たちが悲鳴をあげながら、崖から落ちる。


「てっ、撤退だ!」


 アモス千人長が叫んだ。


「鉄亀の陣を敷き、北に撤退する」

「アモス千人長っ! 北にもサダル国の兵士がいます! 数は約五百っ!」


 伝令の騎士が青ざめた表情でアモス千人長に報告する。


「北にもだとっ!」

「はい。既に後方の部隊が攻撃を受けています!」

「くっ…………作戦を変更する。一角鳥の陣で右の横陣を突破するぞ。ヘンリク百人長、お前が先陣を…………」


 アモス千人長の口が動きを止めた。極限まで開いた目に頭上から落ちてくる巨大なオレンジ色の球体が映る。


「にっ、逃げ…………」


 直径十メートルを超えた球体が地面に触れると同時に爆発した。


 アモス千人長とヘンリク百人長は数百人の騎士たちといっしょに、その命を失った。

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