第209話 不穏

 数日後の夕方、彼方とミケが中庭にポク芋の畑を作っていると、空からニーアが舞い降りてきた。


「彼方…………大変。鎧着た人間がいっぱい来る」


 ニーアは両手と羽を同時にぱたぱたと動かす。


「どこから?」

「えーと…………こっち」


 ニーアはカカドワ山のある方向を指さす。


 ――カカドワ山からってことは、ヨム国の騎士か兵士か…………。


「わかった。みんなは僕が呼ぶまで地下室に隠れてて」


 彼方は修復した城門に向かって走り出した。


 ◇


 城門を出ると、近づいてくる千人前後の騎士の姿が見えた。多くの騎士が銀色に輝く鎧を装備していて、腰にマジックアイテムらしきロングソードを提げている。

 先頭にいた二十代後半の金髪の男が彼方に近づいた。


「お前が氷室男爵か?」

「…………はい。あなたは?」

「俺は金獅子騎士団千人長のアモスだ」


 男――アモス千人長は魔法文字が刻まれた鎧を見せびらかすかのように胸を張った。

 身長は百七十五センチ程で、がっちりとした体型をしている。


 ――金獅子騎士団も白龍騎士団と同じで裕福な貴族が多いって聞いたことがある。一応、男爵の僕に敬語を使わないのは、男爵以上の爵位を持っているのかな。


 アモス千人長は鋭い視線を彼方に向けた。


「…………この世界に来たばかりの異界人が大胆なことをするではないか」

「えっ? どういう意味でしょうか?」


 彼方は目をぱちぱちと動かす。


「お前がどうやって男爵の地位を手に入れたか知ってるってことだ。俺の叔父はギルマール大臣だからな」

「あ…………」


 彼方は驚いた顔でアモス千人長を見つめる。


 ――たしかに顔立ちが少し似てる気がする。髪の色は違うけど唇が厚くて左右に広がってる感じが。


「安心しろ。お前を責めているのではない。よくやったと褒めたいぐらいだ」


 アモス千人長は厚い唇の両端を吊り上げる。


「お前のおかげで、サダル国から領土を守る道理が手に入った。よくぞ、ザルドゥが死んだ情報を持っていたな」

「…………どうも」


 彼方は曖昧な返事をする。


「それで、皆さんがここに来た目的は?」

「当然、サダル国との戦争の準備だ」

「…………別働隊なんですね」

「ほーっ、さすがに頭がいいな。情報のみで爵位を手に入れただけのことはある」


 アモス千人長は、にやりと笑う。


「サダル国は、ここから南にあるリシウス山に城を築いている。そこを拠点として、ガリアの森の多くを領土とするつもりだろう。近くに村も作ってるようだしな」

「それで、ヨム国の作戦は?」

「…………それはお前には話せぬな」


 肩をすくめて、アモス千人長は首を左右に動かす。


「だが、安心するがいい。この戦争に勝利するのはヨム国だ。お前は英雄として…………生き続けることができる。何もせずともな」

「英雄として…………ですか」

「まあ、賢い者は、お前が英雄でないことを知っているがな」


 その言葉に、背後にいた騎士たちの顔がにやける。


 ――僕がザルドゥを倒したと信じてないってことだな。それに言葉に間があった。英雄として生き続けるではなくて、英雄として死ねるって言いたかったんだろうな。


「とりあえず、今夜はこの城で休ませてもらう」


 アモス千人長はキルハ城の古い城壁を見上げる。


「使用人の数は何人いる?」

「いえ。使用人はいません。仲間が二人いるだけで」


 彼方はさりげなくウソをついた。


「この通り、古い城で、やっと外壁の修復ができたんです。城の中もぼろぼろだから、まだ、使用人を雇う状況じゃなくて」


「…………まあいい。どうせ一夜だけだからな。中庭を使わせてもらうぞ」


 アモス千人長は百人長らしき部下に指示を出して、騎士たちが、城門を通り抜けていく。


 ――一夜だけってことは、ここを守る気はないってことか。まあ、そのほうが、僕が殺される確率は高くなるだろうし。それを味方であるヨム国が望んでいるのは理不尽さを感じるな。


 彼方はちらりと城に視線を向ける。


 ――地下室に行く階段は隠してるから、城の中に入られても大丈夫だ。ダークエルフのエルメアと有翼人のニーアは見つかったらトラブルになりそうだから、明日まで隠れてもらうか。


 彼方は騎士たちから離れて、城の地下室に向かった。


 ◇


 その日の夜、キルハ城の塔の最上階で、彼方は中庭で休んでいる騎士たちを見下ろしていた。

 食事の後に酒を飲んでいるのか、多くの騎士たちの顔が赤くなっている。

 ポク芋の畑の側で寝ている騎士を見て、彼方の表情が曇った。


「頼むから、畑を荒らさないでくれよ。ミケが悲しむから」


 ため息をついて、夜風に揺れる前髪に触れる。


 その時、羽音がして、背後にサキュバスのミュリックが現れた。


「あっ、ついに彼方にも配下の騎士がついたのね」


 ミュリックは紫色の瞳を輝かせて、肘で彼方の脇腹を突いた。


「やるじゃん。さすが男爵様ね」

「違うよ」


 彼方は笑いながら否定する。


「あれは金獅子騎士団の騎士たちだよ。明日にはいなくなるから」

「じゃあ、いつになったら使用人や兵士を雇うの? お金はあるんだよね?」

「まだ、状況がわかりにくくて危険だからね。人数多いと守るのが大変だし」

「あなたを守るために兵士が必要なんでしょ!」


 ミュリックはピンク色の眉を吊り上げる。


「あなたがいくら強くても体は人間なんだから、弓矢でも死ぬし毒でも死ぬ。運悪く剣を受け損なっても死ぬから」

「わかってるよ。で、サダル国の様子は?」

「…………リシウス山の城は、ほぼ完成したわ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、ミュリックは情報を話し出した。


「近くに村も作ってるみたいだし、本格的に領地を広げていく気ね。そして」

「そして、何?」

「リシウス山の東にある峡谷に軍を進めてるわ」

「えっ? あの峡谷は軍隊の移動が厳しいんじゃないの?」

「だから、橋を架けるつもりよ。そしてカカドワ山を越えないルートから、ガリアの森の東側も狙う気みたい」

「…………なるほど。そういう戦略か」


 彼方は親指の爪を口元に寄せて、視線を南に動かした。


「ある意味、よかったんじゃない? これで、ここが攻められなくなったんだし」

「いや、それは早計だよ。サダル国が領土を広げたいのなら、こっちにも攻めてくる可能性はある」


 視線を峡谷がある南に向けて、彼方は唇を軽く噛む。


 ――この情報は、ヨム国にも漏れていそうだな。金獅子騎士団の別働隊は、そのために動いているのかもしれない。


「…………ミュリック。金獅子騎士団は明日の朝にここを出るから、どこに行くか確かめて欲しい」

「味方の行動まで気にするの?」


 ミュリックが首をかしげる。


「絶対に味方とは限らないからね。別働隊を率いているのはギルマール大臣の甥みたいだから」


 彼方はギルマール大臣の顔を思い出して、眉間にしわを刻んだ。

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