第208話 再会
七日後、王都に戻った彼方とミケは香鈴が入院している北地区の病院に向かった。
小さな部屋で待っていると、魔法医のマハザが扉を開けて入ってきた。
マハザは高齢で左右の耳が少し尖っていた。髪は白く胸元まで伸びたひげも白い。
彼方は木製のイスから立ち上がり、マハザに歩み寄った。
「マハザさん、七原さんは…………」
「うむ。手術は成功じゃ」
「それじゃあ…………」
開いていた扉から、香鈴が入ってきた。緑色のつると葉に覆われていた右腕は元に戻っていて、上腕の肩に近い部分に魔法文字が刻まれた銀の腕輪がはめられていた。
「彼方くん!」
香鈴は瞳を潤ませて、彼方に駆け寄った。
「私の手、治ったよ」
「…………うん。前の手と変わらないね」
彼方は香鈴の手を取り、軽く握る。
「あ…………」
香鈴の頬が真っ赤に染まった。
「指は問題なく動くの?」
「…………う、うん。彼方くんが…………触ってるってわかるよ」
「じゃあ、完全に元通りなんだ」
「そうじゃな」
マハザが白いひげに包まれた口を動かした。
「前に話したようにディルミルの根は心臓まで届いておる。そちらを取り除くことはできなかったが、これからは命を吸い取られるようなことはない」
「ありがとうございます」
彼方はマハザに頭を下げた。
「じゃが、吸い取られた命は戻らぬ。香鈴の寿命は普通の人間より数十年短くなっておる。それは覚悟してもらわんと」
その言葉に彼方の表情が硬くなる。
「だっ、大丈夫」
香鈴が明るい声で言った。
「本当なら、二年ぐらいで死んじゃうところだったんだから。私、すごく幸せだよ」
「幸せなの?」
「うんっ! だって、三十年寿命が短くなったとしても、五十歳ぐらいまでは生きることができるんだから」
「七原さん…………」
彼方はにっこりと微笑む香鈴を見つめる。
――七原さんは本気で自分が幸せだと思ってる。数十年の寿命がなくなってしまったのに。
「…………マハザさん。七原さんの寿命を戻す方法はないんですか?」
「それは寿命を延ばす薬を使うしかないじゃろうな」
重々しい声でマハザが答えた。
「じゃが、その薬は作る方法も知られてはおらんし、作る為には金で買えぬ秘薬が必要という噂もある」
「そう…………ですか」
沈んだ声が彼方の口から漏れた。
――やっぱり、レアものってことか。ただ、手に入れるチャンスはあるはずだ。僕も貴族になれたし、情報も集めやすくなったから。
――とにかく、今は七原さんの腕が元に戻ったことを喜ぼう。これで寿命を延ばす薬を探す時間も手に入ったし。
彼方は嬉しそうに自身の右腕に触れている香鈴を見つめた。
◇
所用を終わらせた後、彼方たちは八日かけてキルハ城に戻り、隠れていたエルメア、ニーアと合流した。
ほっとした様子で駆け寄ってきたエルメアに彼方は声をかけた。
「僕が留守の間、問題なかった?」
「人間の兵士の姿を見かけたぐらいだな。数は五人だった」
「城の中まで入ってきたの?」
「いや、城門の近くまでだ。警戒してるようだったな」
「多分、偵察だろうね」
彼方は出かけた時と変わらない城の中を見回す。
――ミュリックが教えてくれた情報通り、キルハ城を攻めるのはリシウス山の城が完成してからってことか。ただ、その時は千人以上の部隊で攻めてくる可能性が高そうだ。
脳内にガリアの森の地図が浮かび上がる。
――多分、サダル国も混乱してるだろうな。ヨム国が拠点にするはずのキルハ城に兵士がいないんだから。それなのに傭兵団は全滅した。別の場所に軍隊がいると考えて、捜し回ってるのかもしれない。
「それで、その女は?」
エルメアが彼方に質問する。
「七原香鈴さん。僕と同じ異界人だよ」
「また、女か。お前も好きだな」
「性別は偶然だから」
彼方は頬をぴくぴくと動かす。
「ま、まあ、とりあえず、もうすぐ夕方になるし、夕食でも取りながら、これからの方針を話し合おう」
「うむにゃ」
ミケが真面目な顔でうなずいた。
「ご飯は大事なのにゃ。ちゃんと王都で調味料と保存食も手に入れてきたにゃ」
そう言って、腰につけた魔法のポーチをぽんと叩く。
「それに彼方が大きな赤猪を仕留めたから、お肉もいっぱいあるにゃ。今日はパーティーにゃああ」
ミケの言葉に全員の顔がほころんだ。
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