第207話 召喚クリーチャーvs傭兵団

「くおおおおっ!」


 革製の鎧をつけた大柄の傭兵が音葉に突っ込んだ。

 その背後から、弓を持った傭兵が弓を構える。さらに魔道師らしき傭兵が呪文の詠唱を始めた。


 その時、側面からセーラー服を着た少女が日本刀を構えて、傭兵たちに突っ込んできた。

 少女に気づいた二人の傭兵がロングソードで迎撃しようとする。

 だが、少女のほうが速かった。大きく左足を踏み出し、神速の動きで鈍く輝く日本刀を真横に振る。

 二人の傭兵がロングソードを構えたまま、その場にくずおれた。


 ◇◇◇

【召喚カード:剣豪武蔵の子孫 伊緒里】

【レア度:★★★★★★★(7) 属性:風 攻撃力:6000 防御力:800 体力:1700 魔力:0 能力:風属性の日本刀を使う。召喚時間:7時間。再使用時間:20日】

【フレーバーテキスト:ご先祖様の名にかけて、剣なら誰にも負けない!】

 ◇◇◇


「剣豪武蔵の子孫、伊緒里っ! ここに見参!」


 少女――伊緒里は倒れた傭兵の間をすり抜け、呪文を唱えようとしていた魔道師を斬る。


 伊緒里の突入で、傭兵たちの動きが混乱した。


 音葉が突っ込んできた傭兵の腕に小さな傷をつけた。


「この程度っ!」


 傭兵は傷を無視して、音葉に攻撃を続ける。

 しかし、十数秒後、その動きが止まった。


「がっ…………ごっ…………」


 傭兵の顔が紫色になり、ぱくぱくと口を動かしながら、地面に横倒しになった。


「私と戦うのなら、細心の注意を払わないと。小さな傷でも致命傷になりますよ」


 音葉は凍りつくような笑みを浮かべる。


「デルクっ! アサシンの動きを止めておけ! 先に剣士をやるぞ!」


 ドルグ団長が叫ぶと、傭兵たちは狙いを伊緒里に定めた。五人の傭兵が連携した動きで、伊緒里に襲いかかる。


「おっと、五人はヤバいかな」


 伊緒里は日本刀を振って牽制しながら、斜面を駆け上がる。傭兵の放った火の球の呪文を伊緒里は頭を下げてかわす。


「呪文も使える剣士みたいだけど、遅すぎて無意味だよっ!」


 体を捻って、伊緒里は日本刀を斜めに振り上げた。先頭を走っていた傭兵の首が飛び、残った体が血を噴き出しながら、前のめりに倒れる。


「ドルグ団長っ! アサシンが来るぞい」


 ザペットがドルグ団長に体を寄せた。

 ドルグ団長が視線を動かすと、デルクを殺した音葉が両手に短剣を構えて走り寄ってくる。


「チャルドっ! コルディ!」


 名前を呼ばれた傭兵が盾を構えて、ドルグ団長を守った。


「早く剣士を殺せ!」


その時――。


◇◇◇

【呪文カード:インフェルノ】

【レア度:★★★★★(5) 属性:火 複数の対象に火属性のダメージを与える。再使用時間:7日】

◇◇◇


 オレンジ色の炎が伊緒里と戦っていた四人の傭兵の体を包んだ。


「があああああっ!」


 傭兵たちは叫び声をあげて、地面に倒れる。


「くそっ! どこからっ!」


 ドルグ団長の瞳が、インフェルノの呪文カードを使った彼方の姿を捉えた。


「伊緒里っ! 音葉のサポートを頼むよ」

 彼方がそう言うと、伊緒里は素早く斜面を駆け下り、音葉と戦っていた二人の傭兵を背後から斬った。


「これで、残り二人か…………」


 彼方は蒼白の顔になったドルグ団長とザペットに近づく。


「あなたがリーダーでいいのかな?」

「…………そうだ。お前が氷室彼方か」


 ドルグ団長は歯をぎりぎりと鳴らした。


「この女たちはお前が召喚したのか?」

「ええ。どっちもAランクの冒険者レベルはあると思いますよ」


 彼方は淡々とした口調で答えた。


「やっぱり、攻めるほうが守るより楽ですね」

「どうして、俺たちが今夜攻めると知ってた?」

「ザペットさんが、わざとらしくリシウス山に戻るような言い方をしたからですよ」


「…………くっ! 気づいておったのか」


 ザペットが悔しそうに顔を歪めた。


「氷室彼方っ!」


 ドルグ団長がロングソードの先端を彼方に向けた。


「俺と一対一の勝負をしろ!」

「一対一?」

「そうだ。リーダー同士で勝負をつけようじゃないか」

「お断りします」


 彼方は迷うことなく、ドルグ団長の提案を断った。


「こっちは三人でそっちは二人。なら、三人で攻めたほうが確実ですからね」


 そう言って、彼方は伊緒里の背後に移動する。


「音葉っ、二人が森に逃げるかもしれないから、注意しておいて!」

「わかっております」


 音葉はメガネの奥の目を細くする。


「お前っ、腰抜けかっ!」


 ドルグ団長が伊緒里の背後にいる彼方を睨みつけた。


「いえ、本当なら勝負してもいいんですが、あなたたち相手なら、こっちも複数で戦いたいし。文句はないでしょ? あなたたちも大人数で奇襲攻撃するつもりだったんだから」

「ぐっ…………」


 ドルグ団長が歯をぎりぎりと鳴らした。


「まっ、待て!」


 ザペットが一歩前に出て、持っていた短剣を地面に落とす。


「わしらの負けじゃ。だから、見逃してくれんか」

「無理ですね。あなたたちを逃がしたら、また、襲ってくるかもしれないし、僕の仲間を人質に取るかもしれない」

「そんなことはやらん! 約束する」


 ザペットは両手を胸元まであげて、卑屈に笑った。


「あなたの約束は信用できません」


 彼方は抑揚のない声で言った。


「僕と戦う気はなくても、情報は売れるんじゃないですか? サダル国の軍隊と協力する可能性だって高い」

「それは…………いや、そんなこともする気はない」


 ぶんぶんとザペットは首を左右に振る。


「とにかく、わしは…………」

「伊緒里…………ザペットは左手の指と指の間に針みたいな暗器を隠してるから、気をつけて」

「あ…………」


 ザペットの頬がぴくりと動いた。


 その時、ドルグ団長が動いた。転がるようにして右に移動し、彼方に向かって右手を突き出す。その手のひらが白く輝いた。


 ――光属性の呪文か。無詠唱で使えるのは予想外だったな。さすが、リーダーをやってるだけはある。


 彼方は白い線のように伸びた光の呪文を首を捻ってかわしながら、持っていた短剣を力を込めて投げる。


「くおおっ!」


 ドルグ団長は短剣をロングソードで弾き飛ばし、さらに呪文を使おうとする。

 その瞬間、伊緒里の日本刀がドルグ団長の鎧を斜めに斬った。


「かっ…………」


 ドルグ団長は顔を歪めて地面に横倒しになった。


 同時にザペットも音葉の短刀に斬られて絶命していた。


 二人の死を確認して、彼方は唇を強く噛む。


「この傭兵団、全然強くなかったなぁ」


 伊緒里が日本刀についた血を払いながらつぶやく。


「こっちが奇襲をかけたからね」


 暗い声が彼方の口から漏れた。


「攻めるほうが有利だし、個々の能力も僕たちのほうが上だ。リーダーはそれなりに強かったのかもしれないけど」

「こんな雑魚じゃなくて、もっと、歯ごたえのある敵と戦いたいな」

「その願いは叶うと思うよ。まだまだ、敵になりそうな相手はいっぱいいるし」


 そう言って、彼方は薄い唇を強く噛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る