第206話 傭兵団

 巨大な月が薄い雲に覆われた深夜、ガリアの森の中を二十一人の傭兵たちが歩いていた。


 服装はばらばらで革製の鎧をつけた者もいれば、よく魔道師が利用するローブを羽織っている者もいる。武器は小振りのロングソードが多く、背中に弓を背負っている者もいた。

 周囲に浮かんでいた森クラゲが青白い光を点滅させて、険しい顔をした傭兵たちの姿を淡く照らす。


 落ち葉に覆われた斜面を登ると、彼らの瞳にキルハ城が映った。

 青黒い鱗の鎧を装備した三十代の男が耳元まで伸びた黒いひげに触れた。


「ザペット…………」

「何ですかのぉ、ドルグ団長」


 ザペットが軽い足取りでドルグ団長に歩み寄る。彼方と会った時に使っていた杖は持っていない。


「氷室彼方は危険な相手と感じたんだな?」

「ぬるい性格の異界人じゃが、実力はあなどれませんな。わしの見立てではAランクに近いBかと」

「…………ほぉ。そこまでか」


 ドルグ団長が感嘆の声を漏らした。


「まあ、召喚呪文が使える戦士となると、警戒せねばならぬだろうな」

「ただ、今は護衛の兵士もおらぬようじゃし、奇襲をかけるには最良のタイミングじゃ。奴はわしらが攻めてくるのは早くても四日以上かかると思ってるじゃろう」

「で、人質も効くんだな?」

「うむ。奴が仲間を大切に想っとるのは間違いない。相当、怒っておったからのぉ」


「おおーっ、怖い怖い」


 弓矢を持った痩せた男がわざとらしく体を震わせた。


「ドラゴンを召喚されたら、俺、ちびっちまうな」


 周囲にいた傭兵たちが笑い出す。


「ドラゴンなんか、召喚できるわけないだろ。情報じゃ、氷室彼方が召喚するのは若い女らしい」

「何だ、そりゃ? 女なんか召喚して役に立つのか?」

「戦闘以外の役には立つだろ?」

「ははっ、たしかにそうだな」


「おしゃべりはそこまでだ!」


 ドルグ団長が軽く手を鳴らす。


「わかってると思うが、氷室彼方を舐めるんじゃないぞ。近接戦闘が得意らしいからな。一対一の戦いなら、俺も不覚を取るかもしれん」

「えらく慎重ですのぉ」


 ザペットがドルグ団長の顔を覗き込む。


「何か気になることでもありましたかの?」

「…………いや。入ってきた情報が曖昧で、どうも確実性に欠ける。それにお前に言ったんだろう? 『殺されたくなければ、すぐにガリアの森から立ち去れ』と」

「それが、どうかしましたか?」

「えらく強気な発言だと思ってな。奴なりに俺たちを殺せる自信があるのかもしれん」

「まあ、わしが傭兵団の人数は十人程度と伝えてましたからの。それぐらいなら戦えると勘違いしたのかもしれぬな」

「…………ふむ」


 ドルグ団長は険しい視線で部下たちを見回す。


「まあ、いい。こっちは全力でやるだけだ。デルク、お前は主力の四人で正面から攻めろ。サポートはフェリクスとブラムだ。ボブは二人使って、女を捜せ! 残りは状況で決めるが、油断はするなよ。いつでも俺の指示通りに動けるようにしておけ」


 ドルグ団長の言葉に傭兵たちが真剣な顔でうなずいた。


 ◇


 緩やかな斜面の先にキルハ城の城門が見えた時、ロングソードを持ったデルクがドルグ団長に歩み寄った。


「ドルグ、フェリクスとボブがいない」

「いない?」


 ドルグ団長は太い眉を眉間に寄せた。


「どういうことだ? さっきまで、後ろを歩いてたはずだぞ」

「わからん。道に迷うはずはないんだが…………」


「ドルグ団長っ! ケリウスとジャックが見当たらないぞ!」


 別の傭兵が慌てた様子でドルグ団長に駆け寄った。


「ケリウスとジャックもだと!?」


 ドルグ団長の声が荒くなった。


「デルク、全員の点呼を取れ!」

「わっ、わかった」


 デルクが傭兵たちの名を呼び続ける。


「…………ドルグっ! ブラスとカミル、エドガーもいない」

「全員俺の周りに集まれ! 森の中に敵がいるぞ!」


 ドルグ団長は森からでて、見晴らしのいい斜面に移動した。十三人の傭兵たちが、ドルグを囲むようにして、武器を構える。


「残念ですね…………」


 森の中から、女の声が聞こえてきた。


「全員を気づかれないうちに殺そうと思ってたのですが」

「誰だっ!」


 ドルグ団長が鋭い声で叫ぶと、木の陰から黒い着物を着た二十代の女が現れた。

 女は二十代で、黒縁の大きなメガネをかけていた。腰まで伸びたストレートの髪は黒く、赤紫色と青紫色の短刀を手にしている。


 ◇◇◇

【召喚カード:毒使いのアサシン 音葉】

【レア度:★★★★★★(6) 属性:闇 攻撃力:1600 防御力:300 体力:1000 魔力:300 能力:強力な毒を使う。召喚時間:1日。再使用時間:14日】

【フレーバーテキスト:人を殺すのに力は必要ありません。小さな傷をつければ、それで終わりなんですから】

 ◇◇◇


「お初にお目にかかります。私は音葉。彼方様に仕えるアサシンです。短い間ですが、お見知りおきを」


 音葉は傭兵たちに向かって、丁寧におじぎをした。


「お前がフェリクスたちを殺したのか?」

「ええ。殺しました。本人たちは殺されたことに気づいてないかもしれませんが」

「…………全員でこいつを殺るぞ!」


 ドルグ団長がそう言うと、十三人の傭兵たちが一気に音葉に襲いかかった。


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