第203話 夜の訪問者
数日後の夜、彼方たちが城の中庭で夕食を取っていると、サキュバスのミュリックがやってきた。
ミュリックは彼方の隣にいるダークエルフを見て、ピンク色の眉をひそめる。
「何? そのダークエルフと有翼人は?」
「エルメアとニーアだよ」
彼方が二人の名前を口にした。
「名前じゃなくて、どうして一緒にいるかを聞いてるのっ!」
「いろいろあってさ、仲間になったんだよ」
彼方は簡単に事情を説明した。
「…………ふーん。ダークエルフを仲間にねぇ」
「気に入らないの?」
「そうね。いくつか気に入らないことがあるわ」
ミュリックはぷっくりとした唇を尖らせた。
「何で、あなたが仲間にするのは女ばっかりなの? 色事なんて興味ないふりして、めちゃくちゃ女好きじゃない! しかも、有翼人は十歳ぐらいよね? ミケより幼いし、少女趣味にも程があるわよ!」
「それは偶然だよ」
彼方は、ぱたぱたと両手を左右に振る。
「第一、僕から彼女たちを誘ったわけじゃないから」
「その通りだ」
エルメアが彼方の言葉に同意した。
「彼方は私たちを助けてくれた。その恩に報いるために私は身も心も捧げる決意をしたのだ」
「ふんっ、さすが狡猾なダークエルフね。すぐに彼方の実力を見抜いたってわけ。でもね、あなたは四天王デスアリスの部下だった女よ。信用できないわ」
「君だって、ザルドゥの側近だったじゃないか」
思わず、彼方はミュリックに突っ込みを入れた。
「私はいいのよ。今は彼方を愛してるから」
「…………で、他に気に入らないことって?」
「これよ! これっ!」
ミュリックは金色の首輪を指さす。
「どうして、ダークエルフには首輪をつけてないの? デスアリスの部下だったんだから、奴隷になる首輪をつけるべきでしょ!」
「持ってないからだよ。それに、その首輪は特別製で高いからさ」
「じゃあ、私の首輪をダークエルフに使うべきでしょ」
「いや、エルメアが僕を裏切る可能性は君より低いから」
「はぁっ!? 何それ?」
ミュリックは眉を吊り上げた。
「私だって裏切る気なんてないわよ。あなたの強さが魔神を越えてるって知ってるんだから」
「そうだろうね。君は打算的な考えで動くから」
「打算だけじゃなくて、あなたへの愛もあるんだから!」
「うんうん。そうだね。で、サダル国の動きは?」
「…………はぁ」
ミュリックは深く息を吐き出した。
「サダル国はリシウス山に城を作る気よ」
「リシウス山か…………」
彼方は脳内に地図を浮かび上がらせる。
――ガリアの森の南にある小さな山だな。ここからだと、歩いて三日ぐらいの距離か。
「国境にも兵を集めてたみたいだし、一気に領土を広げるつもりなんでしょうね」
「動きが予想よりも早いな」
彼方は視線を南の夜空に向ける。
――ただ、あの場所に城を作るってことは、一気にヨム国の王都を狙う気もなさそうだ。まずはガリアの森の西側を確実に手に入れようってところかな。
――こっちの戦力が整ってないことがわかれば、一気にキルハ城まで狙ってくる可能性はあるか。
彼方は結んでいた唇を開いた。
「ミュリック…………リシウス山の城のこと、もっと調べてもらえるかな」
「そりゃあ、構わないけど、そこまで警戒する必要あるの? あなたの力なら、城が完成しても、すぐに落とせるでしょ?」
「それはわからないよ。サダル国にも強いSランクのパーティーがいるみたいだし」
「Sランクのパーティーねぇ…………」
ミュリックが首を右に傾ける。
「たとえ、Sランクが十人集まっても、あなたに勝てるとは思わないわ。五万の人間の軍隊でもね」
「それはわからないよ。僕の力にも制約があるから」
「どんな制約なの?」
「それは聞かないほうがいいって」
彼方は苦笑する。
「君とは一蓮托生なんだから、制約の内容を話すとは思えないけど、拷問されるなんて可能性もあるしね。それに、僕が用心深いほうが君も安心だろ?」
「たしかにそうだけど…………」
ミュリックは眉間にしわを刻んで、彼方に顔を近づける。
「もっと、強引に動いてもいいのに」
「これぐらいでいいんだよ。目立つのは苦手だし、やれることをやらないことが武器になるから」
「やれることをやらない?」
「うん。そうすることで敵は僕の能力を見極めることが難しくなる」
「意味わかんないよ!」
「いいんだよ。わかんなくて」
彼方は、ぽんとミュリックの肩を叩く。
「まあ、今夜はゆっくり休んで。今、紅茶を煎れるから」
「紅茶よりも、他のものが欲しいんだけど。たとえば、彼方の熱い…………」
ミュリックの言葉を無視して、彼方は紅茶の葉が入った小さな壺を手に取った。
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