第202話 失意のガラドス
無言で立ち尽くしているガラドスから離れて、キリーネが彼方に歩み寄った。
「氷室彼方…………お前に感謝する」
キリーネは深く頭を下げた。
「お前にガラドス様を助ける利はなかった。それなのに、私の頼みを聞いてくれた」
「ガラドスに感謝するんだね」
「ガラドス様に?」
キリーネは首をかしげた。
「どういう意味だ?」
「ガラドスは約束を守るタイプに見えたからね。君が人質を取ろうとした時にも、それを止める命令を出したし」
「…………一つ聞きたいことがある」
「何かな?」
「私の判断は正しかったのか?」
「君がガラドスを殺したくないと思っていたのなら、正しい行動だったよ」
彼方はキリーネの強張った顔を見つめる。
「ガラドスは一対一の試合のような戦いを望んだ。でも、それなら僕が負けることはないよ。ザルドゥを倒した呪文を、あの首飾りで防げるかどうかも疑問だしね」
「ザルドゥ様を倒した呪文も使えたんだな?」
「うん。だから、君は責任を感じて死ぬ必要はない」
「…………そこまで、私の心を読めるとは」
キリーネは自虐的な笑みを浮かべた。
「氷室彼方っ!」
突然、ガラドスが叫んだ。
「んっ? どうかしたの?」
「俺を…………俺を殺せ!」
ガラドスは怒りの表情を浮かべて、彼方に近づいた。
「俺はお前に負けた。お前には俺を殺す権利がある」
「君を殺すつもりなら、檻の中から出さないよ」
彼方は肩をすくめて、自分よりも一メートル以上高いガラドスを見上げる。
「それにオススメはしないけど、死にたいのなら自殺すればいいし」
「お前に殺されなければ意味がないのだ! ザルドゥ様を倒したお前に…………」
ガラドスは巨体を震わせて、言葉を続ける。
「戦いに敗れた俺は死者だ。もはや、生きる意味などない!」
「生きる意味か…………」
彼方は口元に親指を寄せる。
――相手がモンスターでも、なるべくなら殺したくはない。それに、こんな裏表のない性格ならガラドスに生きててもらったほうがいいか。多分、ガラドスを殺したら、その部下が、僕を狙ってくるだろうし。
「わかった。もう一度、君と戦おう」
「ほっ、本当か!?」
ガラドスの金色の瞳が輝いた。
「ただし、戦うのは三年後で」
「三年後だと?」
「そう。二度も君の挑戦を受けるんだ。日時は僕が決めていいだろ?」
「…………ああ、そうだ。お前は勝者だからな」
ガラドスは太い首を縦に動かした。
「じゃあ、三年後に君と戦うために、その間は休戦ってことで」
「休戦…………」
「そう。君だって、僕が君の部下に集団で襲われて殺されたら不本意だろ?」
彼方の言葉に、ガラドスは目を大きく開いた。
「それはダメだ。お前は俺が殺す! 殺さなければならないのだ!」
「じゃあ、部下には、しっかり伝えておいてよ。僕と僕の仲間に手を出さないことをさ。その約束を守ってくれるのなら、僕も君との約束を守ろう」
「わかった。四天王ガラドスの名にかけて約束しよう!」
ガラドスはこぶしを握り締め、自身の分厚い胸を強く叩いた。
◇
ガラドスとキリーネが去ると、ミケが彼方に抱きついてきた。
「にゃああああ! さすが彼方男爵にゃ。ご機嫌うるわしいにゃああ」
「だから、ご機嫌うるわしいの使い方間違ってるって」
彼方は苦笑しながら、ミケの頭を撫でる。
「でも、やっつけなくてよかったのかにゃ?」
「ガラドスを倒すほうが面倒になりそうだからね」
「んっ? どういう意味だ?」
エルメアが彼方に質問した。
「ここでガラドスを倒したら、部下が復讐のために襲ってくるよ。ガラドスを慕うモンスターも多そうだし」
「だから、三年後に再戦することにしたのか」
「うん。これで、少なくとも三年はガラドスの軍隊が攻めてくることはなくなった」
「しかし、次にガラドスと戦う時はどうする? きっと、魔法の檻の対策もされてしまうぞ?」
「それは大丈夫だよ。ガラドスを倒す手段なら、他にも十通り以上あるから」
「十通りだと?」
エルメアの口がぱかりと開く。
「十以上の高位呪文を使えると言うのか?」
「まあ、それぐらいはね」
――本当は十通りどころか、カードを組み合わせたら、千通り以上はガラドスを倒す手段があるけど。
呆然としているエルメアを見て、彼方はぎこちなく笑った。
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