第201話 彼方vs四天王ガラドス2

「舐めるなっ! 人間がっ!」


 ガラドスは左右に持った大剣を同時に振った。

 彼方は左足のつま先に力を入れて、一瞬で右に移動した。尖らせた聖水の短剣で連続攻撃を行いながら、円を描くようにガラドスの周囲を回る。


「そのような攻撃、効かぬと言ったはずだ!」


 ガラドスは彼方の進行方向に炎の大剣を振った。オレンジ色の炎が壁を作る。

 彼方は素早く反転して、逆方向に走り出す。


「そうはさせん!」


 ガラドスは右手に持った大剣を床に叩きつけた。そして、太い右足で蹴りを放つ。


 ――巨体とは思えない素早さだけど、こっちはクロノスの祝福の呪文でスピードを強化してる。少なくとも、その効果が終わるまでは当たることはない。


 彼方は上半身を捻って、その攻撃をかわし、長く伸びた聖水の短剣でガラドスの両足を突き続ける。


「無駄な攻撃を!」


 ガラドスは炎の大剣を斜めに振り下ろす。彼方は上半身をそらした状態で聖水の短剣を斜め上に突き出す。水色の先端がガラドスのノドに当たるが、小さな傷しかつかない。


 ガラドスはにやりと笑った。


 ――笑う状況じゃないよ。


 聖水の短剣の先端が釣り針のように曲がり、ガラドスがつけていた首飾りに引っかかった。彼方は一気に聖水の短剣を引っ張る。

 黒い宝石を組み合わせた首飾りが床に落ちた。


 一瞬でガラドスの表情が強張った。

 慌てた様子で首飾りを拾おうとする。それより速く彼方が左足で首飾りを蹴った。首飾りは床を滑るように移動して、戦いを見ていたエルメアの足元で止まる。


 ガラドスの視線がエルメアに向くと同時に、彼方は新たなカードを選択した。


◇◇◇

【アイテムカード:幻魔鉱の檻】

【レア度:★★★★★★★★★(9) 対象を一時間拘束する檻。捕らえられた対象は一時的に魔力を失う。具現化時間:1時間。再使用時間:25日】

◇◇◇


 ガラドスの巨体が一瞬、宙に浮いた。同時に六方向に漆黒に輝く格子が出現した。それがガラドスの周りで組み合わさり、正方形の檻になった。


「なっ、何だこれは!?」


 宙に浮いた檻の中でガラドスは叫んだ。


「特別製の檻だよ」


 彼方は淡々とした口調で言った。


「檻だと! そんなもので俺を拘束できると思ってるのかっ!」


ガラドスは正面の格子に手をかけ、左右に引っ張る。しかし、漆黒の格子はびくともしない。


「ぐっ…………こんな檻…………がっ!」

「どうやら、檻の能力のほうが君の力より強いみたいだね。と、キリーネ。君は動かないほうがいいよ」


 移動しようとしたキリーネに向かって、彼方は声をかけた。


「君が僕の仲間を人質にする前にガラドスを殺すから」


 キリーネの動きがぴたりと止まる。


「そう。それでいい」


 彼方は視線をガラドスに戻す。


 ガラドスは大剣を格子に叩きつけていた。


「くそっ! こんな檻…………がああああっ!」


 金属音が城の中に響くが、格子は傷ひとつつかない。


「ガラドス…………負けを認める気はあるかな?」

「ふざけるなっ!」


 野太い声でガラドスは叫んだ。


「人間ごときに俺が負けるわけがない!」

「それなら、しょうがないね。ザルドゥを倒した時の呪文を使うことにするよ。首飾りもなくなったみたいだし」

「やれるものなら、やってみろっ!」


 ガラドスは左手で格子を叩いた。甲高い金属音が響き、檻が揺れる。


「もし、ザルドゥ様を倒した呪文を打てたとしても、俺の鱗とウルツ魔石の鎧で跳ね返してやる!」


「まっ、待てっ!」


 キリーネが彼方に駆け寄った。


「私たちの負けだ! ガラドス様を殺さないでくれ!」


「キリーネっ!」


 ガラドスが檻の中から叫んだ。


「バカなことを言うなっ! 人間に降伏するなどありえん!」

「そうするしかないんです!」


 キリーネは左右のこぶしをぶるぶると震わせた。


「私は見誤っていました。氷室彼方は余力を残して戦ってます。他にも強力な呪文を使えるはずです」

「他にもだと!?」

「こいつは選択肢のある戦い方をしてます。底が全く見えないのです」


 キリーネは彼方の前で片膝をついた。


「私の命を差し出す。だから、ガラドス様を助けてくれ」

「…………君の命は必要ないな」


 彼方は寝癖のついた頭をかいた。


「ただ、ここでガラドスを助けたら、また、僕に攻撃してくるんじゃないのかな?」


「当たり前だっ!」


 ガラドスが叫んだ。


「俺はまだ負けてない。命が尽きるまでお前と戦ってやる!」

「これじゃあ、助けるのは無理だよ」

「私がガラドス様を説得する」


 キリーネが真剣な表情で彼方を見上げた。


「だから、頼む。ガラドス様は私の命なのだ」

「…………命か」


 彼方はキリーネを黒い瞳で見つめる。


「ガラドスが僕を攻撃してきたら、君はどうする?」

「自ら命を絶つ!」


 きっぱりとキリーネは答えた。


「…………わかった。君を信じるよ」


 彼方は意識を集中させて、幻魔鉱の檻をカードに戻した。

 ガラドスの両足が床についた。


「キリーネっ!」


 ガラドスは怒りの表情でキリーネに駆け寄る。


「お前は…………何という約束を」

「申し訳ありません」


 キリーネは深く頭を下げた。


「ですが、もう勝負はついていました。あの檻を抜け出せないのであれば、ガラドス様が氷室彼方に勝つことは不可能…………」

「黙れっ!」


 ガラドスはキリーネに向かって大剣を振り上げた。刃の先端が小刻みに震え出す。


「貴様は…………ぐっ…………」


 十数秒後、ガラドスは振り上げていた大剣をゆっくりと下げて、視線を彼方に向ける。


「俺の負けだ…………」


 その言葉に偽りがないことを確信して、彼方はふっと息を吐き出した。

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