第200話 彼方vs四天王ガラドス

 彼方は赤黒い大剣の刃を低い姿勢でかわしながら、左に走った。

 すぐにガラドスが後を追う。

 巨大な柱の側で彼方は聖水の短剣を構える。


「…………ほう。柱を利用して右の攻撃を防ぐか。近接戦闘にも慣れてるな。だが…………」


 ガラドスは大剣を斜めに振り下ろす。巨大な柱が砕け、破片が彼方の肩に当たった。


 ――とんでもないパワーだな。


 彼方は左膝を床につけた状態で聖水の短剣を横に振った。水色の刃が二メートル近く伸びて、ガラドスの左足に触れる。

 甲高い金属音が響き、ダークグリーンの鱗が微かに傷つく。


「その程度かっ!」


 ガラドスは左足で聖水の短剣の刃を踏み砕こうとした。


 その瞬間、刃が縮んで短剣のサイズに戻る。


 ――聖水の短剣の刃でも、ほとんど傷つかない。★8の武器でこれとは、さすが四天王だな。


 距離を取りながら、彼方はガラドスのつけている首飾りを見る。


 ――あの首飾り…………本当に無限の魔法陣を無効化できるのか? この世界の呪文とは違うはずだし。


 ――いや、それを試す必要はないか。仮に無効化できるにしても対処方法はあるし。


 ガラドスはしっぽを使って、彼方の足を払おうとした。

 その攻撃をジャンプで避けつつ、カードを選択する。


◇◇◇

【呪文カード:グラビティ10】

【レア度:★★★★(4) 属性:地 通常の10倍の重力で対象の動きを止める。再使用時間:5日】

◇◇◇


 ガラドスの巨体が周囲の空気に押されて僅かに縮む。


「…………ぐっ…………なっ、舐めるなっ!」


 ガラドスは咆哮をあげて、大剣を振り上げる。無数の突起物がある赤黒い鎧が輝き、周囲からガラスの割れるような音がした。


 ――あの鎧にも呪文を弱体化する効果があるのか。


 彼方は下唇を噛んだ。


 ――それなら、こっちを使う!


 浮かび上がった三百枚のカードから、一枚のカードを選択する。


◇◇◇

【呪文カード:クロノスの祝福】

【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:無 三分間、使用者のスピードを大幅に上げる。再使用時間:25日】

◇◇◇


 カチ……カチ……カチ…………。


 時計が動くような音とともに、彼方の体が淡い青色の光に包まれた。


「死ねっ! 氷室彼方!」


 ガラドスが左手を真っ直ぐに突き出した。

 深紅の炎がガラドスの手のひらから噴き出す。

 生き物のような炎が彼方に触れる瞬間――。


 彼方は一瞬でガラドスの側面に回り込んだ。


「ぬっ…………」


 ガラドスは体を捻って、大剣を真横に振った。彼方の体がさらに加速した。大剣をすり抜けて、ガラドスの懐に入り、聖水の短剣を斜めに振り上げる。水色の刃がガラドスの手首に当たり、跳ね返る。


 ――関節部分も硬いな。なら…………。


 彼方は連続で攻撃を続けながら、ガラドスの大剣を避け続ける。


「くっ…………ちょこまかと動きおって」


 ガラドスは炎の呪文で彼方の逃げ道を塞ぎながら、大剣を振り下ろす。刃が床に当たり、破片が周囲に飛び散った。

 その破片を全て避けて、彼方は槍のように尖らせた聖水の短剣でガラドスの体を突く。


 右手、左手、太ももに足先…………。


 ありえない速さの連続攻撃が正確に同じ箇所を突き、傷が深くなっていく。

 十数カ所の傷から青紫色の血が流れ出した。


「がっ…………ぐっ…………」


 ガラドスの顔が痛みで歪んだ。


 ――そろそろ動くかな。


 彼方がそう考えると同時に、じっと戦況を見守っていたキリーネが動いた。

 先端が二つに分かれた短剣を握り締め、彼方に駆け寄る。


 ――先にキリーネを倒しておくか。


「動くなっ! キリーネ!」


 突然、ガラドスが大声をあげた。キリーネの動きがぴたりと止まる。


「氷室彼方は俺だけで倒すと言ったはずだ」

「しっ…………しかし…………」


 キリーネが青白い唇をぱくぱくと動かす。


「万が一にもガラドス様が…………」

「無用な心配だ!」


 ガラドスが装備した赤黒い鎧が輝き、手足の傷を再生させていく。


「ネーデの腕輪で強化しているようだが、所詮は人間の力。我が肉体に致命傷を与えることなどできぬ。それに…………」


 ガラドスの左手から吹き出た炎が大剣の形に変化する。

 周囲の空気が熱くなり、パチパチと炎の音がする。


「こっちは一撃でもお前に当たれば、それで終わりだ」


 ガラドスは二本の大剣を軽々と振り回す。


 彼方は数歩下がって、両足のつま先に重心をかける。


 ――二刀流か。少し避け方に注意しないとな。


 ――呪文の効果が切れる前に勝負をつける!


 彼方は低い姿勢でガラドスに突っ込んだ。

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