第204話 選択
次の日の朝、ミュリックは偵察に戻り、彼方たちは仕事を再開した。
召喚したクリーチャーを使って城の修復を進めながら、周辺の詳細な地図作りを始める。
「彼方っ! ミケは食べ物探しに行ってくるにゃ」
ミケは彼方の前で右腕を曲げて、敬礼のポーズを取る。
「食べ物大臣としての重要な仕事なのにゃ」
「うん。でも、いつものように城が見えるところまでだよ」
「わかってるにゃ。ミケは隠れるのと逃げるのは得意なのにゃ」
ミケはぐっと親指を立てて、白い八重歯を見せた。
◇
彼方は修復した城門の前で、下方に広がる森を見回した。なだらかな斜面の先にある森は木々が密集していて、白い霧ようなものが立ち込めている。右側には高さ三十メートル以上ある縦長の巨岩があり、上部には見たことのない青みがかった木が生えている。
――守るには難しい場所だな。後ろの崖からもロープを使えば降りられなくはないだろうし。それ以前にこの世界だと、空を飛べるモンスターもいるからな。
――まあ、守るべき領民がいないのは有り難いな。状況によっては城を捨てて逃げる手もあるし。
その時、商人風の服を着た七十前後の老人が斜面を登ってきていることに気づいた。
老人は杖をついていて、腰が僅かに曲がっている。髪は白髪で白いひげが胸元まで伸びていた。
――どうして、こんなところにお爺さんがいるんだ?
一瞬、彼方は視線を動かす。
――エルメアとニーアは上手く隠れてくれたみたいだな。来訪者が味方かどうかわからないうちは、そのほうが安全だ。
老人は城門の前にいた彼方に笑顔で近づく。
「いやぁ、この坂は老人には堪えますなぁ。きついきつい」
「あなたは?」
「わしはザペット。小さな傭兵団の一員じゃ。今回は交渉役をまかされてのぉ」
「交渉役?」
「そうじゃ。嫌な役割じゃよ。話し合いの内容によっては殺されてしまうこともあるからのぉ」
そう言って、ザペットは深くため息をつく。
「だからこそ、老人にまかせるんじゃろうな。わしは剣の腕が立つわけでもないし、攻撃呪文を使えるわけでもない。捨て駒にちょうどいいってところじゃ」
「…………僕と交渉したいってことですか?」
「お前さんが氷室男爵なら…………な」
ザペットはしわだらけの顔で笑った。
「で、氷室男爵で間違いないかの?」
「はい。僕が氷室彼方です」
彼方は正直に答える。
「それで、何の交渉ですか?」
「お前さん…………ヨム国を裏切るつもりはないか?」
「つまり、あなたたちの依頼主はサダル国ってことですね?」
「…………ふむ。頭の回転が早いのぉ。その通りじゃ」
ザペットは白いひげに触れながら、彼方を見つめる。
「お前さんがサダル国についたら、金貨二百枚を渡すとタリム大臣は言っておる」
「二百枚…………」
「悪くない額じゃろ? 異界人のお前さんなら、ヨム国への未練もないだろうしのぉ」
「未練か…………」
「楽に稼げるぞ。お前さんは『魔神ザルドゥを倒したのはウソだった』と話すだけでいい。それでヨム国の面子も丸潰れじゃ」
ザペットの口角がきゅっと吊り上がる。
「いやぁ、羨ましいのぉ。話すだけで金貨二百枚とは。五年は何もせずに暮らしていけるぞ」
「でも、ヨム国から裏切り者扱いされて、領地も没収でしょうね」
「そんなこと気にする必要はなかろう。サダル国で暮らせばいいし、領地はどうせサダル国のものになるんじゃ。お前さんが交渉を断ってもな」
ザペットは軽く彼方の肩を叩く。
「お前さんは頭が良さそうじゃ。ザルドゥが死んだ情報を素早く手に入れ、それを利用して男爵の称号を手に入れた。たいしたもんじゃよ」
「…………僕がザルドゥを倒したとは思わないんですか?」
「ほっ、ほほっ。それは無茶な筋書きじゃな。ザルドゥを人が倒せるわけがなかろう」
「サダル国はSランクの冒険者たちがザルドゥを倒したと言ってるみたいだけど?」
「それもウソに決まってるじゃろ」
ザペットは片目をつぶって破顔した。
「どうせ、ザルドゥを倒したのは別の上位モンスターじゃろ。それをサダル国が利用した。そしてヨム国もそれに対抗するためにお前を利用した。わかりやすい話じゃ」
「なるほど…………」
彼方は親指の爪を唇に近づける。
「僕が断ったら、どうなるんです?」
「それはよくない選択じゃな」
ザペットの目が針のように細くなる。
「タリム大臣の提案を断ったら、わしらはお前さんを殺さねばならん。そうしろと言われているからな」
「僕を殺すか…………」
「小さな傭兵団に殺される男がザルドゥを倒せるわけがない、と世間は思うじゃろうな」
値踏みするような目でザペットは彼方を見つめる。
「お前さん、それなりに強いんじゃろ。そうでなければ、ザルドゥを倒したとは言えんからな。だが、わし……らは強いぞ。Bランクの冒険者レベルの者も複数おるからのぉ」
「人数はどのぐらいいるんです?」
「…………十人程度じゃな。だが、これを冒険者のパーティーと同じなんて考えないほうがいいぞ。わしらは戦闘に特化した傭兵団でドラゴンを倒したこともあるんじゃ。当然、攻撃呪文を使える者もいるし、回復呪文を使える者もいる」
「連携プレイが得意ってことか」
彼方は数秒間、考え込む。
「悩むことはないじゃろ? 金をもらって生きるか、無残に殺されるか。読み書きを知らぬ子供でもわかることじゃ」
「他の選択肢もあると思うけど?」
「そんなものはない!」
ザペットの声が荒くなった。
「お前さん…………Fランクの冒険者だが、実力はCかBランクのようじゃな。そして、二人の少女とパーティーを組んでいる。名前はたしか、ミケと香鈴だったか」
「情報屋に聞いたんですね?」
「そうじゃ。お前さんと違って、戦闘能力はなさそうじゃな。彼女たちが無残に殺される姿は見たくないじゃろ?」
「……………………へぇ、そんなこと言うんだ?」
彼方の漆黒の瞳が揺らめいた。
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