第196話 夜のキルハ城

 その日の夜、廃墟の城の中庭で、彼方たちは夕食をとっていた。


 エルメアが狩った毛長鳥を胡椒で焼き、保存が利くパンといっしょに食べる。

 焚き火の側にはケトルが置かれていて、紅茶の香りが漂っている。


 料理を食べ終えたミケが満足げに自身の腹部を触った。


「毛長鳥はチャモ鳥より肉が硬いけど、香りがよくて美味しいのにゃ。これを捕まえたエルメアは有望な新人にゃ」

「そ、そうか」


 エルメアは隣に座っていた彼方に耳を寄せた。


「もしかして、この猫耳もお前と同じように強い力を持っているのか?」

「いや、ミケは普通…………のFランク冒険者だよ」

「たしか、Fランクは冒険者の最低ランクと聞いていたが?」

「う、うん。そうだね」


 彼方は頬を人差し指でかきながら、ぎこちなく笑う。


「ミケの服に茶色のプレートがついてるだろ。これがFランクの証なんだ」

「なるほど。色で区別するのだな…………まっ、待てっ!」


 エルメアは彼方のベルトにはめ込まれた茶色のプレートを指さす。


「何故、お前がFランクなのだっ!?」

「昇級試験に落ちたからね」

「しかし、お前はザルドゥ様を倒したんだ。当然、最高ランクではないのか?」

「ザルドゥを倒したと信じてくれなくてさ」

「お前の力を見せればいいだろう? ザルドゥ様を強力な呪文で倒したと聞いているぞ」

「…………まあ、いろいろあってね」


 彼方は枯れた木の枝を焚き火に投げ込む。パチパチと音がして、オレンジ色の炎が大きくなった。


「ただ、その後、功績を認められて爵位と領地をもらえることになったよ」

「それが、この壊れた城か?」


「うん」と彼方が答える。


「…………よくわからんが、ザルドゥ様を倒した報酬にしては、いまいちな気がするのだが」

「僕がザルドゥを倒したと信じていないからね」

「んっ? 信じられてないのに報酬をもらえたのか?」

「それも、いろいろあるんだよ」


 彼方は簡単に事情を説明した。


 無言で話を聞いていたエルメアが、ふっと息を吐く。


「…………そうか。ザルドゥ様が倒されたことで、そんな争いが起きていたんだな」

「だから、ここも危険なんだよ」


 彼方は穴の開いた外壁に視線を向ける。


「この通り、ぼろぼろの壊れた城だし、守る兵士もいないからね」

「それで、お前はこれから何をするんだ?」

「城の修復もだけど、周囲の詳細な地図も作りたいな。簡単な地図は王都のアイテム屋で買ったけど、自分の目でも確認したいからね」

「地図か。それなら、私も手伝おう」

「ニーアも手伝う」


 ニーアが腰を下ろしたまま、背中の羽を動かした。


「ニーア、お空飛べる。彼方の役に立つ」

「そうだね。ニーアが空から地形を確認してくれると助かるよ」


 彼方は頬を緩めて、ニーアを見つめる。


 ――カードのクリーチャー以外にも空を飛べる仲間がいるのは有り難いな。


「とりあえず、明日からみんなに働いてもらうよ。やることはいっぱいあるからね」


「その通りにゃ」


 ミケが胸元で腕を組んでうなずく。


「二人とも覚悟してもらうにゃ。彼方男爵の言うことは絶対にゃ。どんなえっちな命令にも従わなければいけないのにゃ」

「覚悟している」


 エルメアが真剣な表情で言った。


「彼方は私たちの主人だ。どのような色事にも従おうではないか。ただ、ニーアはまだ幼い。どうか、優しくしてやってくれ」

「そんなことしないよ!」


 彼方が顔を赤らめて否定する。


「そうなのか?」


 エルメアが不思議そうに首をかしげる。


「我らの間では、氷室彼方は色を好むと情報が流れていたのだが」

「それ、間違った情報だから」

「しかし、お前は女をよく召喚すると聞いたぞ。しかも、美しい女ばかりを」

「いや、それは…………」


 彼方はもごもごと口を動かす。


 ――召喚カードの多くが女性キャラだからなあ。そのほうが華やかで人気がでるからで、僕の趣味じゃないのに…………。


「君たちにそういうことをやらせるつもりはないから安心していいよ」

「私は構わないぞ。お前はザルドゥ様を倒した強者だ。そんな男に抱かれることは光栄だからな」


「ニーアも平気」


 ニーアがつぶらな青い瞳で彼方を見つめる。


「彼方はいい人。だから、ニーアもぎゅっとされていい」


「ミケもにゃ」


 ミケは茶色のしっぽをぱたぱたと揺らす。


「ミケはしっぽも触らせてあげるのにゃ。てれてれ」

「てれてれって、自分で言うんだ?」

「うむにゃ。照れてる時に使う言葉なのにゃ」

「…………とにかく、本当にそういうのは気にしなくていいから」


 彼方は自分に視線を向ける三人に向かって、ばたばたと両手を左右に振った。

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