第195話 彼方とエルメア
「残りはダゴルドの部下たちか」
彼方は意識を集中させて、カードを選択する。
◇◇◇
【召喚カード:無邪気な殺人鬼 亜里沙】
【レア度:★★★★★(5) 属性:闇 攻撃力:2000 防御力:400 体力:800 魔力:0 能力:無属性のサバイバルナイフと体術を使う。召喚時間:10時間。再使用時間:7日】
【フレーバーテキスト:人を殺すのが、どうしていけないの? 楽しいし、気持ちいいじゃん】
◇◇◇
十七歳前後のブレザー服姿の少女が現れた。髪はセミロングで、ぱっちりとした左目の下には小さなほくろがある。桜色の唇は薄く、右手には黒光りするサバイバルナイフが握られていた。
少女――亜里沙は笑顔で彼方に駆け寄る。
「で、誰を殺せばいいの?」
「相変わらずだね。君は」
思わず、彼方は苦笑した。
「でも、誰かを殺すために私を召喚したんでしょ?」
「うん。その通りだよ。この城の周囲をモンスターが包囲してるみたいなんだ」
「了解っ! じゃあ、殺してくるね」
亜里沙はチェック柄のスカートをなびかせて、走り去っていく。
――カードの設定通りの性格だな。まあ、役に立つクリーチャーなのは間違いないか。
視線を動かすと、エルメアがぽかんと口を開けて、彼方を凝視していた。
「エルメア」
彼方は呆然と立っているエルメアに近づく。
「さっきはありがとう。上手くダゴルドの注意を引いてくれたね」
「あ…………い、いや。礼を言うのは私のほうだ」
我に返ったエルメアは彼方に頭を下げる。
「感謝する。お前のおかげでニーアを守ることができた」
「結果的にそうなっただけだよ。君と違って、ダゴルドは話し合う気もなかったからね」
「…………そうだな。ある意味、ダゴルドの傲慢な性格に助けられたか」
エルメアは倒れているダゴルドを見つめる。
「それにしても、あれ程の呪文を無詠唱で使えるとは、恐るべき人間だな」
「僕を恐れる必要はないよ。君は僕の敵になる気はないんだろ?」
「もちろんだ。助けてもらったお前と戦う理由もないし、私が勝てる相手でもない。召喚呪文も使えるようだし…………」
エルメアは口を半開きにして、喋るのを止めた。
「ん? どうかした?」
「…………氷室彼方。お前はニーアを奪おうとはしなかったな。何故だ?」
「今のところ、お金に困ってないし、敵意のない相手を殺す気もないよ」
彼方はエルメアの背後にいるニーアをちらりと見る。
「…………そうか。やはりお前なら」
「お前ならって?」
「氷室彼方、お前に頼みがある」
エルメアは彼方の両肩を褐色の手で掴んだ。
「ニーアを引き取ってくれないか」
「えっ? 引き取る?」
彼方の口から驚きの声が漏れた。
「そうだ。デスアリス様はパルム石に執着している。これからも追ってくるだろう。そして、私の力ではニーアを守り切ることは…………できない」
エルメアの顔が歪んだ。
「だが、お前なら、ニーアを守れるはずだ。ザルドゥ様を倒したお前なら」
「いっ、いや、でも…………」
「わかっている。お前にとって何の益もない話だからな。それでも、お前に頼むしかないんだ!」
エルメアは彼方の肩を掴んだまま、頭を下げた。
「どうか、ニーアを助けてやってくれ」
「…………ニーアを僕が引き取ったら、君はどうするの?」
「私はデスアリス様のところに戻る」
「戻る? そんなことしたら…………」
「ああ。殺されるだろうな」
自虐的にエルメアは笑った。
「だが、私がニセの情報を流せば、デスアリス様はニーアを諦めるかもしれない」
「それはどうかな。僕がデスアリスなら、君の情報は信じないよ。君がニーアといっしょに逃げたとわかっているのなら」
彼方の言葉にエルメアは無言になった。
その時、ニーアがエルメアの手を掴んだ。
「ニーア…………エルメアといっしょがいい」
「…………それは無理だ」
エルメアは首を左右に動かす。
「私はお前に助けられなければ、もう死んでいた。だから、いいのだ」
「ダメ。エルメアはニーアと暮らすの」
ニーアは背中の羽を揺らして、彼方に歩み寄った。
「彼方…………エルメアは優しい。ニーアの頭撫でてくれた」
「あ…………そうなんだ」
「彼方の頭も撫でてくれる。だから、ニーアとエルメアは彼方といっしょに暮らす」
ニーアはにっこりと笑った。
「…………うーん」
彼方は寝癖のついた髪に触れながら、深く息を吐き出した。
――まいったな。まさか、こんな頼み事をされるとは思ってなかった。僕といっしょにいると危険なんだけど。
――まあ、この二人も四天王のデスアリスに追われているのなら、危険度は変わらないか。
「…………エルメア」
彼方はエルメアに声をかけた。
「君は僕の仲間になる気はある?」
「仲間? ニーアだけでなく、私も仲間にしてもらえるのか?」
驚いた顔でエルメアが彼方に質問する。
「私はダークエルフだぞ?」
「種族はどうでもいいよ。君たちが僕と友好的な関係を結びたいかどうかが重要かな。それに仕事を頼むこともあるからね」
「…………本当にいいのか?」
「うん。でも、僕の側にいても安全ってわけじゃないよ。デスアリスだけじゃなく、他の四天王からも狙われるかもしれない。それにサダル国からも」
「構わない!」
大きな声でエルメアは言った。
「私とニーアだけでは死ぬ運命から逃れられないだろう。だが、お前と関わったことで、その運命が変わるかもしれない。私はそれに賭けてみたい」
エルメアは片膝をついて、深く頭を下げた。
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