第194話 金色のリザードマン

 そのリザードマンは背丈が二メートル五十センチを超えていた。肩幅が広く、長いしっぽが二つに分かれている。


 リザードマンは細長い舌をちろちろと動かして、エルメアに近づく。


「面倒をかけてくれたな…………エルメア」

「ダゴルド…………」


 エルメアが掠れた声でリザードマンの名を口にした。


「どうして、ここがわかった?」

「鼻の利く部下がいるからな」


 リザードマン――ダゴルドはトカゲのような顔を傾けて笑った。


「先に言っておくが、既に城の周りは俺の部下たちが包囲している。もちろん、弓が使える者もいるから、飛んで逃げることもできない」

「…………くっ」


 エルメアは短剣を構えて、ダゴルドを睨みつける。


「おっ、軍団長候補の俺と戦うつもりなのか。新人雑魚のダークエルフがよ」


 ダゴルドは鋭い爪が伸びた指を上下に動かす。


「お前程度なら、武器を使う必要もない。この爪で切り刻んでやる」


「ちょっといいかな?」


 無言で会話を聞いていた彼方が口を開いた。


「あぁ? エサは黙ってろ!」


 ダゴルドは赤い目を彼方に向ける。


「お前たちはエルメアを殺した後に喰ってやる。だから、そこでじっとしてろ!」

「僕たちを食べる気なの?」

「安心しろ。ちゃんと殺してから喰ってやる。お前らが大人しくしてるのならな」

「そっか…………」


 彼方は漆黒の瞳を動かして、ダゴルドの体を観察した。


 ――部下がいるのにひとりでここまで来るってことは、相当、腕に自信があるみたいだな。金色の鱗は硬そうだし、スピードもありそうだ。ただ、傲慢な性格のせいか、隙も多そうだ。


「えーと、僕たちを逃がしてくれる選択はないんだね?」

「当たり前だ!」


 ダゴルドは視線をエルメアに向けたまま、吐き捨てるように言った。


「お前が選べるのは、生きたまま喰われるか、死んだ後に喰われるかの二択だけだ」

「…………わかった。じゃあ、僕はエルメアにつくよ。殺されるのはイヤだしね」

「ちっ、うるさい奴め」


 ダゴルドは彼方に向き直る。


「そんなに早く死にたいのか?」

「いや、生きるためにそうするんだよ」


 彼方は腰に提げていた短剣を引き抜く。


「僕たち四人がかりなら、なんとか君を倒せるかもしれないし」

「…………ほう」


 ダゴルドが爬虫類のような目で彼方を見つめる。


「魔力なしの人間が大口を叩くではないか」

「へぇ、僕に魔力がないことがわかるんだね?」

「俺の目は特別でな。相手の魔力の量が見えるのさ」

「…………なるほど。それで余裕だったのか」

「バカな人間め。大人しくしてれば苦しまずに死ねたものを…………」


 ダゴルドは上半身を軽く曲げ、ゆらりと彼方に近づく。

 彼方はゆっくりと後ずさりしながら、右斜めにいるエルメアの位置を確認した。


「十秒で終わらせてやる!」


 ダゴルドは巨体に似合わない速さで彼方に近づき、左右の手を同時に動かした。

 彼方は右手の攻撃を短剣で受け止め、左手の攻撃を頭を下げてかわした。


「ちっ…………」


 ダゴルドはノコギリのような歯を鳴らして、大きく右手を振り上げる。


 ――この体を捻った動きは、しっぽでの攻撃を狙ってるな。


 振り下ろされた右手をかわしながら、彼方は両膝を曲げる。同時に大蛇の胴体のようなしっぽが彼方に迫ってくる。

 彼方はジャンプして、その攻撃を避けた。自身の足が床につくと同時に彼方は前に出て、短剣でダゴルドの腹部を突く。しかし、短剣はダゴルドの体に一センチも刺さらなかった。

 彼方は素早くダゴルドから距離を取る。


「剣の腕前は、ほどほどにあるようだな。だが…………」


 ダゴルドは細長い舌を出して、にやりと笑う。


「その程度の攻撃じゃ、血も出ないぞ」

「…………みたいだね」


 彼方は呼吸を整えながら、左に移動する。ダゴルドの後方にいるエルメアと彼方の視線が合った。


「エルメアっ! いっしょに攻めるよ!」


 そう言って、彼方は一気に前に出た。少し遅れてエルメアもダゴルドに攻撃を仕掛ける。


「雑魚どもがっ!」


 ダゴルドは右手を真っ直ぐに突き出した。尖った爪が彼方の短剣を弾き飛ばす。

 彼方の上半身が傾き、がくりと右膝が折れる。


「ダゴルドっ!」


 逆方向からエルメアが短剣を振った。しかし、ダゴルドの金色の鱗がその攻撃を弾く。


「無駄な攻撃をしやがって!」


 ダゴルドはエルメアに向かって、左右の手を振り上げる。


「これで終わりだっ!」


 その時――。


◇◇◇

【呪文カード:サイコレーザー】

【レア度:★★★★★★★(7) 属性:無 対象に魔法防御無効の強力なダメージを与える。再使用時間:15日】

◇◇◇


 青白い光線がダゴルドの左胸を貫いた。


「あ…………」


 ダゴルドは呆然とした顔で振り返る。そこには人差し指をダゴルドに向けた彼方が立っていた。


「こっ…………攻撃呪文だと?」


 ダゴルドは青紫色の血を噴き出しながら、ぱくぱくと口を動かす。


「あり…………えない。こんな強力な呪文を…………詠唱なしに…………」

「僕は魔力なしでも、呪文を使えるんだ」


 彼方は淡々とした口調で言った。


「君は強いけど、いろいろと甘いよ。短剣を弾き飛ばしたことで、僕から注意をそらすのはよくないな。まあ、それを狙ってたんだけど」

「ぐっ…………お前は…………誰だ?」

「僕は異界人の氷室彼方だよ」

「ひっ…………氷室彼方!」


 ダゴルドの目が限界まで開いた。


「君も僕のことを知ってたんだ。それなら、少しは気をつけるべきだったね」

「何故…………氷室彼方が…………こんな場所に…………」


 ダゴルドは喋りながら、前のめりに倒れた。大量の血が灰色の床に広がっていく。


「いろいろと事情があるんだよ」


 彼方は絶命したダゴルドを見下ろして、ぼそりとつぶやいた。

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