第192話 キルハ城

 三日後の朝、彼方とミケはカカドワ山の西にあるキルハ城に向かって出発した。ウロナ村まで馬車で行き、そこから歩いてカカドワ山に向かう。

 草の香りがする風が吹き、木々の間に浮かんでいた森クラゲがゆらゆらと揺れる。


 彼方は顔を上げて、カカドワ山を眺めた。


 ――ここからだと、キルハ城まで二日ぐらいか。どこかで一泊しないといけないな。まあ、食料も毛布も準備してるから、問題はないか。


 細い獣道を進みながら、彼方は昨夜、ミュリックから聞いた情報を思い出す。


 ――サダル国の目的は領土拡大の為にガリアの森の西半分を手に入れることだ。当然、最初に攻められるのはキルハ城になる。今は領民もいないので、犠牲者が出ないのはいいことだけど…………。


 ――何にしてもヨム国には期待できない。エルフィス王子は僕がサダル国に殺されることを期待してる。そうなることで世論を誘導して、サダル国を攻める口実を作りたいのかもしれない。


 彼方は、しっぽを振りながら前を歩いているミケを見つめる。


 ――とりあえず、この状況じゃ、使用人を雇うのは危険だからな。まずは僕とミケで状況を確認しながら動くとするか。


 ◇


 二日後、彼方とミケはカカドワ山の西にあるキルハ城にたどり着いた。キルハ城は石造りの城壁がほとんど壊れていて、緑色の草のつるに覆われていた。


 彼方たちは半壊した城門からキルハ城に入った。中庭も草木に覆われていて、数匹の角の生えた一角ウサギが鼻をひくひくと動かしている。


「うにゃあ。ぼろぼろのお城にゃ」


 ミケが外壁に空いた穴を指さしてつぶやく。


「これじゃあ、彼方男爵のご機嫌がうるわしくなくなるにゃ」

「変な言葉遣いしなくていいよ」


 彼方はぽんとミケの頭を叩く。


「何十年も人が住んでなかったらしいからね。ぼろぼろになるのは仕方ないよ」

「しょうがないのにゃ。ミケががんがってお掃除するにゃ」

「とりあえず、城の中を見て回ろう。危険なモンスターがいたら、まずいからね」


 彼方とミケは荒れ果てた中庭を通り抜け、城の中に入った。

 埃だらけの大広間には二つの階段があり、穴の開いた壁から光が射し込んでいた。二階に上がると、壊れた扉の奥に玉座の間が見えた。柱の一部が壊れていて、左側の壁には緑色の苔が広がっている。


「誰もいないみたいだにゃ」

「…………いや」


 彼方は横倒しになった柱に視線を固定する。


「柱の陰に誰か隠れてるね。さっき髪の毛が少しだけ見えたよ」


 彼方の言葉が聞こえたのか、柱の陰からダークエルフの女が現れた。女の外見は二十代前半で肌の露出が多い黒い服を着ていた。銀色の髪は胸元まで伸びていて、肌は褐色だった。


「人間か…………」


 ダークエルフは腰に提げた短剣に手を伸ばす。


「すぐにここを立ち去れ。でないと、お前たちを殺す」

「殺す…………か」


 彼方はダークエルフをじっと見つめる。


 ――このダークエルフは敵意が薄いな。わざわざ警告するってことは戦いたくない事情もあるのかもしれない。それに柱から離れて左に移動する動きは…………。


「…………とりあえず、君の名前を教えてくれるかな」

「何故、そんなことを聞く?」

「君とは話し合いができそうだから」

「…………エルメア」


 ダークエルフは自身の名を名乗った。


「僕の名前は氷室彼方。隣にいるのが獣人のハーフのミケだよ。で、柱に隠れてる子供の名前は何?」

「きっ、貴様っ!」


 エルメアの銀色の眉が吊り上がった。


「どうして、わかった?」

「君の視線と動きからかな。僕の注意を柱からそらそうとしてたし」

「…………だっ、だが、子供とはわからないはずだ」

「君の足跡は階段でも見たよ。その近くに小さな足跡があったから」


 彼方は淡々と言葉を続けた。


「わざと埃をつけて、最近の足跡でない細工もしてたから、逆に気になってたんだ」

「お前…………」


 エルメアがぱくぱくと口を動かす。


「とりあえず、僕に敵意がないのはわかってくれないかな。もし、君たちに危害を加える気があるのなら、子供には気づかないふりをするよ」

「…………わかった。出てきていいぞ」


 エルメアがそういうと、柱の陰から十歳前後の少女が現れた。少女は金髪で白いワンピースを着ていた。肌は白く、背中には白い羽が生えている。


「…………ニーア」


 少女は小さな唇を動かして、自分の名前を口にした。

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