第179話 リーダー

「何だ、お前は?」


 ダグラスは首を傾けて、値踏みするかのように彼方を見つめる。


「僕は彼方。ミケのパーティーに入ってるFランクの冒険者だよ」

「ミケ? ああ…………そこの猫耳か」


 ダグラスはちらりとミケを見た。


「で、何を待つんだ?」

「いや、実はさ、その蒼冷石とガリム鋼、ドルクさんが見つける前に、僕が見つけてたんだ」

「…………はぁ?」


 ダグラスの眉がぴくりと動く。


「お前、何言ってる?」

「よくある話をしてるんだよ。僕が地底湖の近くの横穴で蒼冷石とガリム鋼を見つけたらさ、そこでオーガに出会ったんだ」

「オーガだと?」

「うん。きっと、ドルクさんが見たオーガと同じ奴だろうね」

「バカなこと言うなっ!」


 ドルクが叫んだ。


「こんな鍾乳洞にオーガなんて…………」

「んっ、何? オーガなんて?」

「…………い、いや」


 ドルクは口をもごもごと動かした。


「まあ、そんなわけで、僕にも権利があるんだ。その二つの石を手に入れる権利がね」


 彼方は寝癖のついた髪の毛に触れながら、言葉を続ける。


「で、こんな時はパーティーの代表者が戦って白黒つけるんだっけ?」


「…………てめぇ」


 ダグラスが唇を震わせた。


「Fランクが舐めた口ききやがって。いいだろう。ドルク、戦ってやれ」

「ああ。すぐに終わらせてやる」


 ドルクが腰に提げていた短剣を引き抜いた。


「あれ? 木の枝じゃないんだ?」

「お前みたいな生意気なガキは指導が必要だからな。二度とそんな口が聞けないようにしてやる」

「そっか。じゃあ、こっちも短剣にしようかな」


 彼方は短剣を手に取り、軽く腰を落とす。


 突然の展開に、コリンたちは目を丸くして対峙している彼方とドルクを見つめる。


「バカな奴めっ!」


 ドルクはクモのように体を低くして、彼方に突っ込んだ。地面すれすれの位置から、短剣を真横に振って彼方の足を狙う。彼方は足を引きながら、短剣を振り下ろす。ドルクは腰を曲げた状態で後ろに飛んだ。


「おっと。さっきのガキよりはマシなようだな」

「それなりに戦闘経験を積んだからね」


 彼方は短剣を構えたまま、ドルクを見つめる。


 ――低い姿勢から変則的な攻撃を仕掛けるタイプっぽいな。スピードもほどほどにあるし、Dランクにしては強いほうかもしれない。


 ――でも、この程度じゃ、カードなしの僕にも勝てない。


 彼方は突っ込んできたドルクに向かって短剣を振った。短剣同士がぶつかり、金属音が響く。


「間抜けがっ!」


 ドルクは左手に隠し持っていた小さなナイフで彼方の顔を狙った。

 だが、彼方はその攻撃を予測していた。素早い動きでドルクの手首を掴む。


「ぐああああっ!」


 ネーデの腕輪の力で強化された握力がドルクに悲鳴をあげさせる。

 彼方は力を緩めて、ドルクから離れた。


「てっ、てめぇ!」


 ドルクは手首を押さえながら、彼方を睨みつけた。


「その腕輪、力を強化するマジックアイテムだな?」

「うん。わかってると思ってたよ。魔法の文字も刻まれてるし」


 彼方は落ちていた小さなナイフを拾い上げる。


「骨は折れてないはずだけど、もう戦うのは止めたほうがいいよ。石も手に入らないのに、治療費までかかるのはイヤだろ?」

「舐めるなっ、小僧。この程度で止めれるかっ!」


「待てっ!」


 ダグラスが叫んだ。


「ドルク、もういい!」

「だけど、ダグラス」

「いいから、休んでろ!」


 ダグラスは彼方に向き直る。


「まさか、そんないいアイテムを装備してたとはな」


 すっと目を細くして、ダグラスはネーデの腕輪を見つめる。


「そういうことなら代表者交代だ。文句あるか?」

「いや、僕は構わないよ。あなたが相手してくれるのかな?」

「俺じゃねぇ。うちのリーダーにやってもらう」

「リーダー?」

「ああ。誰か、リーダーを呼んで来い!」


 痩せた男が走り去っていく。


「かわいそうにな。お前、死ぬかもしれないぞ」


 ダグラスが唇を歪めて笑った。


「うちのリーダーはCランクのトップクラスだからな」

「へぇー、そうなんだ?」

「しかも、戦う相手には容赦ないぜ。この前も一人で盗賊四人を殺してたな」

「…………それはすごいね」


 彼方は驚きの声を漏らす。


「バカな奴だ。レア物のマジックアイテムを持ってても、三つランクが違えば、どうにもならねぇよ」


 その時、茂みの奥から声が聞こえてきた。


「こっちです、姉御」

「あのさ、そんな小競り合いぐらい、あなたたちで対処してよ」

「ですが、レア物のマジックアイテムを装備してて」

「それぐらい、なんとでもなるでしょ? 相手はDランク以下みたいだし」

「は、はい。Fランクの小僧で」

「Fランク?」


 彼方たちの前に見覚えのある女が現れた

 女は二十代前半で、体のラインがわかるダークグリーンの服を着ていた。髪はウェーブがかかっていて胸元まで届いている。


「…………かっ………彼方」


 女――暗器のリムエルは赤紫色の両目を極限まで開いた。

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