第178話 トラブル

「よぉ! コリン」


 二十代後半の眼帯をつけた男がコリンに向かって手を上げた。がっちりとした体格をしていて、革製の鎧にはDランクの冒険者の証である緑色のプレートがはめ込まれていた。


 男の背後には四人の男たちがいて、彼らも同じ緑色のプレートを鎧やベルトにはめ込んでいる。


「ダグラス…………」


 コリンが金色の眉を中央に寄せて、眼帯の男の名を口にした。


「こんなところで会うとは奇遇だな。鍾乳洞の探索か?」

「…………そうよ。悪い?」

「悪いことはねーが、お前の選んだ仲間はEランクとFランクか」


 ダグラスは少年たちをちらりと見た。


「俺の誘いを断って、こんな弱小パーティーを作るとはな」

「今はね」


 コリンが反論した。


「万年Dランクのあんたたちのパーティーより将来性はあるから」

「ほーっ、言ってくれるねぇ」


 ダグラスは唇を歪めるようにして笑う。


「俺たちが見つけてた蒼冷石とガリム鋼を盗んだくせに」


「はっ、はぁっ?」


 コリンの隣にいた少年がダグラスを睨みつけた。


「何言ってるんだ。蒼冷石とガリム鋼は地底湖の近くの横穴で俺が見つけたんだぞ!」

「…………そのお宝は俺たちが先に見つけてたんだよ。そうだろ? ドルク」


 ダグラスは背後にいる背が小さな男――ドルクに声をかける。


「ああ、そうさ」


 ドルクが目を細めて、キヒヒと笑った。


「俺が見つけてたんだが、でかいオーガに追われてな。仲間を呼びに戻ってるうちに、お前が取っちまったんだよ」

「ウソだっ! この鍾乳洞にオーガなんているはずないだろ」

「それがいたんだよ。俺も驚いたがな」

「お前、ふざけんなよっ!」


 少年が怒りの表情を浮かべて、地面を蹴った。


「言ってることが無茶苦茶じゃないか。真実の水晶の前でも同じこと話せるのかよ!」

「もちろんさ。だが、わざわざ、冒険者ギルドのお偉いさんのところに行って、判断つけてもらうようなことじゃねぇだろ」

「そうだよな」


 ダグラスが少年の前に立った。


「初心者のお前たちは知らねぇだろうが、パーティー同士が揉めた時は互いの代表者が戦って白黒つける方法があるんだ」

「戦って?」

「そうさ。お前に勇気があるのならな」


 ダグラスはだらりと長い舌を出す。


「安心しろ。うちのパーティーからは最弱のドルクを出してやる。しかも武器は木の棒でいいぞ」

「きっ、木の棒?」

「ああ。ランク差があるからな。それともこっちが素手でないと戦うのは無理か?」

「てっ、てめぇ!」


 少年の体がぶるぶると震え出した。


「…………いいぜ。やってやるよ」

「ミックっ!」


 コリンが少年の名を叫んだ。


「そんなことやる必要ないって! こいつら、ただ、言いがかりをつけてるだけだよ」


「おい、コリン」


 ダグラスが人差し指を立てて、それを左右に動かす。


「そこのお仲間は口だけ野郎なのか?」

「そんな手には乗らないから」


 コリンは鋭い視線をダグラスに向けた。


「コリン、離れててくれ」


 背後からミックがコリンの肩を掴んだ。


「こいつら、俺たちを舐めてやがる。木の棒で戦うだとっ!」


 ミックは腰に提げていたロングソードを引き抜いた。


「やってもらおうじゃないかっ!」

「おーっ、いいね。それでこそ、未来のAランクだ」


 ダグラスはパチパチと手を叩いた。


「ドルク、相手してやれ。木の棒でな」

「ああ、いいぜ」


 ドルクは茂みの側に落ちていた木の枝を拾った。


「これでいいか。Eランクの小僧なら、この程度で十分だろ」

「…………本当にそれでいいのかよ?」

「お前こそ、ひとりでいいのか? なんなら、二人がかりでもいいぞ」

「そんなことできるかっ!」


 ミックはロングソードを両手で握り、ドルクと対峙した。


「よかったな、小僧。どうやら回復呪文が使える奴がいるようだ。ケガをしても、すぐに治してもらえるぞ」

「それはこっちのセリフだ! リル金貨二枚用意しておけよ」


「にゃっ! ケンカはよくないにゃ」


 ミケがミックの上着を掴んだ。


「冒険者同士は仲良くしないといけないのにゃ」

「部外者は黙ってろ!」


 ドルクが木の枝の先端をミケに向ける。


「もう、勝負は始まってるんだよ。だろ?」

「そうさ。もう止められないんだ」


 ミックはぎりぎりと歯を鳴らしながら、両足を広げる。


「後悔すんなよ、おっさん!」


 気合いの声をあげて、ミックはドルクに突っ込んだ。ドルクは笑みを浮かべたまま、ロングソードの攻撃を避ける。


「おいおい、この程度か。Fランクからやりなおしたほうがよさそうだな」

「ちっ、ちくしょう!」


 ミックはロングソードを振り回すが、ドルクのほうがスピードが速い。全ての攻撃がかすることもなかった。


「おいっ、ドルク」


 ダグラスが口を開いた。


「遊びはもういいだろ。終わらせろ」


「そうだな」とドルクは言って、ぐっと体を低くする。


「安心しな。死ぬことはねぇからよ」


 ドルクは持っていた木の枝をミックに投げつけた。ミックはその木の枝をロングソードで払う。その動きの間にドルクは距離を詰めていた。ドルクのこぶしがミックの腹部にめり込んだ。


「がはっ…………」


 ミックは腹を押さえて、両ひざを地面につける。


「まだまだ戦闘経験が足りねぇな、小僧」

「くっ…………くそっ!」

「これで蒼冷石とガリム鋼は俺たちの物だな」


 ダグラスがコリンに歩み寄る。


「さあ、渡してもらおうか」

「…………いやよ。これは私たちのパーティーが見つけた物だから」


 コリンは首を左右に振る。


「おいっ、勝負はついたんだぜ。それとも、お前のお仲間はウソつき野郎なのか?」

「それは…………」

「まあ、お前が今夜、俺たちの相手をしてくれるのなら、勘弁してやってもいいぞ」


 ダグラスの言葉にDランクの冒険者たちが下品な笑い声をあげる。


「もういいよ。コリン」


 アニーがコリンに言った。


「蒼冷石もガリム鋼も、また探せばいいし」

「でもっ…………」

「そのほうがいいよ。もう、この人たちと関わらないほうがいい」

「くっ…………」


 コリンは両手のこぶしを握り締め、体を小刻みに震わせる。


「…………わかった」


 コリンは背負っていたリュックを下ろし、そこから青色の石と銀色の石を取り出した。


「最初から、素直に渡せばいいんだよ。手間取らせやがって」


 ダグラスが石に手を伸ばした瞬間――。


「ちょっと待ってくれるかな」


 木の陰から黒い髪に黒い瞳の少年が現れた。青紫色の上着に灰色のズボン、腰にはマジックアイテムの短剣と魔法のポーチを装備している。


 少年の姿を見て、香鈴とミケの瞳が輝いた。


「彼方くん」「彼方にゃ!」


 二人が少年の名前を同時に口にした。

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