第175話 彼方vsネフュータス

「どうして、ここが…………わかった?」

「お喋りな妖精が教えてくれたんだよ」


 彼方は、ゆっくりとネフュータスに近づく。

 ネフュータスは素早く口を動かしながら、左右の手を動かした。ネフュータスの姿が二つに分かれる。


「そうはさせないよ」


 彼方は魔銃童子切の引き金を引いた。右にいたネフュータスの額に穴が開いた。


「があっ…………」


 ぐらりとネフュータスの上半身が傾いた。


「さすがだね。左胸と額を撃ったのに、まだ死なないんだ?」

「おのれっ!」


 ネフュータスは、さらに四つに分かれる。


「無駄だよ」


 彼方は左端にいたネフュータスに向かって魔銃童子切の引き金を引いた。

 ネフュータスの右胸に弾丸が突き刺さる。


「ぐあっ…………な、何故…………」

「血だよ」


 淡々とした口調で彼方は答えた。


「左胸から流れる血の跡が数ミリだけど分身より長いんだ。それがわかれば、何十体分身しても意味ないよ」

「くっ…………」


 ネフュータスは分身を消し、左右の手を胸元に移動させる。ネフュータスの前に半透明の壁が出現した。

 魔銃童子切の弾丸がその壁に当たり、表面にクモの巣のようなひびが入った。


 ――さすが四天王だな。魔銃童子切で胸と額を撃ったのに、死なないどころか呪文まで使ってくるか。


 ――だけど、まだ、弾は三十発以上残ってるんだよね。


 彼方は魔銃童子切の引き金を連続で引く。半透明の壁全体にひびが広がり、ガラスのように割れた。


「あ…………ぐっ…………」


 ネフュータスは、新たな呪文を唱えようとしたが、その前に赤黒い弾丸が骨と皮だけの体にめり込んだ。


「がっ…………ががっ」

「とんでもない生命力だね。でも、再生はできないか」


 銃声が連続で響き、ネフュータスの右手が肘の部分から千切れた。


「ぐあっ…………まっ、待てっ!」

「待てって?」


 ネフュータスの言葉に彼方は首をかしげた。


「…………取引をしようではないか」


 ネフュータスは左手を胸元まであげて、剥き出しの歯を動かす。


「我を逃がしてくれれば、残りの四天王、ゲルガ、ガラドス、デスアリスのいる場所と奴らの能力を教えよう」

「必要ないよ」


 彼方は即答した。


「どうせ、その三人はザルドゥより弱いんだろ?」

「それは…………」


 ネフュータスは、ぱくぱくと口を動かす。


「それに、君を逃がすと次は確実に僕を殺すみたいだし」

「い、いや…………」


 ネフュータスは視線を泳がせる。

 彼方は一歩前に出て、魂斬剣エデンの柄を強く握り締めた。


「君は多くの人々を殺した。ってことは自分が殺される覚悟もあるんだよね?」


 彼方の黒い瞳が揺らめいた。


「あ…………」

「少しは感じてるみたいだね」

「な…………何をだ?」

「絶望をだよ」


 彼方は暗い声で言った。


「この状況なら、君の部下が戻ってきても、その前に君を殺せる」

「こ…………殺せる?」

「うん。君も死ぬんだよ。君が殺してきた人たちと同じように」

「…………くあっ!」


 突然、ネフュータスが動いた。斜め後ろに下がりながら、左手を突き出す。手のひらがオレンジ色に輝いた。


「無駄だよっ!」


 彼方は一気に前に出て、魂斬剣エデンを真横に振った。空気が裂ける音とともにネフュータスの首が斬り飛ばされた。

 頭部のないネフュータスの体がぐらりと傾き、地面に倒れた。青紫色の血が地面に広がっていく。


「ふぅ…………」


 彼方は深く息を吐き出して、ネフュータスの死体を見つめる。


「で、君はどうするのかな?」

「…………」

「ごまかせると思ってるの?」


 彼方はネフュータスの死体に魔銃童子切の銃口を向ける。


「さっき、ネフュータスの首が飛んだ後に視線を動かしてたよね? どこに逃げようかと考えてたのかな?」

「…………」

「だから、死んだふりは無理だって。君がそのつもりなら、僕が使える最強の呪文で、この死体ごと消滅させるけど」

「…………ぐっ」


 ネフュータスの胸元にある顔の表情が歪んだ。


「…………おっ、お前は何者ナノダ?」

「知ってるだろ? 僕はこの世界に転移した異界人だよ。特別な力を持ったね」

「ありエヌ。お前の持つ能力は複数で強力スギル。そんな人間がいるわけがナイ!」

「僕はここにいるよ。君の目の前にね」


 彼方は胸元の顔を輝きのない瞳で見下ろした。


「なぜ、この能力を僕が手に入れたのかわからない。神様の気まぐれなのか、異世界に転移した時の特別な現象なのか、それ以外の理由なのか…………」


 元の世界で遭遇した不思議な地震のことを彼方は思い出す。


「でも、僕はここに存在する。これが現実だよ」

「…………こんな理不尽なコトが起こっていいはずがナイ」

「それは君たちのせいだね」


 彼方はすっと目を細める。


「この世界に転移してきた時、僕は君たちと戦う意思はなかった。なのに君たちは僕を敵だと決めつけて殺そうとした」

「そ、それはザルドゥ様ガ…………」

「君も僕を殺そうとしただろ?」


 彼方は軽く肩をすくめた。


「君の言葉も覚えてるよ。『足掻いて死ネ』だったよね」

「あ、あの時ハ…………」

「自分たちが死ぬなんて考えてなかったかな。でも、今は自分が殺されそうだから、仲良くしようってこと?」

「…………」

「まあ、時間がもったいないし、お喋りはこれぐらいにしておこうかな」

「…………シャアアアアッ!」


 突然、白い顔が甲高い叫び声をあげて、ネフュータスの胸元から飛び出してきた。その姿は何かを飲み込んで膨らんだヘビのような形をしていた。


「シャウウウッ!」


 白い顔は手足のない体をくねらせて、彼方に飛びかかった。

 だが、彼方はその動きを予測していた。白い顔に向かって魂斬剣エデンを真っ直ぐに振り下ろす。

 ぐしゅりと肉が潰れる音がして、白い顔の体が真っ二つに斬れた。


「ジュガ…………ゴッ…………」


 白い顔は半分になった口を魚のように動かす。


 十数秒後、その動きが止まると、彼方はゆっくりと息を吐き出した。


「やっと終わったか…………」


「彼方ぁ、お疲れーっ!」


 白い霧の中から、妖精のチャルムが現れた。

 チャルムはトンボのような羽を動かして、彼方の肩に腰を下ろした。


「今のが敵のボスなんでしょ? ってことは結界は解いていいんだよね?」

「いや、ぎりぎりまで結界は消さないで」


 彼方は視線を草原に向ける。


「まだ、ヴァルネーデの召喚時間も残ってるからね。なるべく多くのモンスターを減らしておきたいんだ」

「うわっ、彼方って容赦ないんだね」

「僕の情報を知るモンスターは少ないほうがいいからね」


 彼方の瞳に暗い炎が宿る。


 ――僕のコンボも、まだ続いてるし、ぎりぎりまでモンスターを殺しておく。生き残ったモンスターがいても、ウロナ村を襲おうなんて考えられないぐらいまで。


 彼方は強力な二つの武器を握り締め、草原に向かって走り出した。


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