第174話 報告

 ネフュータスは草原の近くの林でダークエルフの報告を聞いていた。


「…………オーガの部隊は全滅です。それにマンティスの部隊も」

「ダリュナスは何をしている?」

「ダリュナス様は氷室彼方に殺されました。ドラゴン使いのドグもです」


 その言葉にネフュータスの痩けた頬が痙攣した。


「どうするノダッ?」


 ネフュータスの胸元の顔がヒステリックな声を出した。


「あのモンスターは我らの力を遙かに超えた魔力を持ってイル。いや、我らどころか、ザルドゥ様よりも上ではナイカ」

「あれが氷室彼方の切り札だったのだ」


 上の顔が歯をぎりぎりと鳴らした。


「あのモンスターは異世界の魔神なのだろう。それを召喚することができるとは…………」

「そんなことはどうでもイイ。どうやって殺ス?」

「…………あの魔神を四方から攻めて、魔力を消耗させるしかない。その間に氷室彼方を殺すのだ」

「だが、氷室彼方を殺すのも困難ダゾ。奴はネーデの秘宝レベルの鎧を装備してイル。多分、体力を回復させる効果があるのダロウ。だから、無尽蔵に動けるノダ」


 胸元の顔が歪んだ。


「それに奴の持っている小さな大砲も危険ダ。あの武器で多くの上位モンスターが殺されてイル」

「…………ティルド」


 上の顔が側にいたダークエルフの名を呼んだ。


「ゴブリンどもを使って、あの魔神を足止めしろ」

「ゴブリンですか?」


 ダークエルフ――ティルドが不思議そうな顔をする。


「ただの時間稼ぎだ。その間にドルムート、ザクレス、シグバの部隊で氷室彼方を殺せ!」

「主力の三部隊全てを使うのですか?」

「出し惜しみしてる場合ではない。少しでも早く氷室彼方を見つけて殺すのだ」


 その時、白い霧に覆われた空が黄金色に変化した。


「また、魔神の呪文攻撃か…………」


 ネフュータスは骨と皮だけの手を小刻みに震わせる。


「ネフュータス様っ!」


 赤い鱗のリザードマンがネフュータスに走り寄った。


「ドルムート様、ザクレス様の部隊が消滅しました」

「消滅だと?」


 ネフュータスの剥き出しの口が大きく開いた。


「はっ、はい。金色の光がドルムート様たちの部隊に降り注いで…………それで…………全員が消えてしまったんです」

「…………高位の光属性呪文か」


 ネフュータスのノドがうねるように動いた。


「他の被害はどうなってる?」

「五千以上のモンスターがやられました」

「五千だと!? まだ、奴が召喚されてから、三十分しか経ってないぞ」

「高位の呪文を詠唱なしに連続で使ってくるのです。剣や斧の攻撃もまったく効きません」

「不死身というわけか」


 掠れた声をネフュータスは漏らした。


「…………オイッ」


 胸元の顔が小さな口を動かした。


「わかってる。何も言うな」


 ネフュータスは胸元の顔を手で隠して、ダークエルフのティルドを呼んだ。


「ティルド…………作戦を変更する。魔神をゴブリンで止めつつ、残りの者は全員で氷室彼方を捜して殺せ」

「全ての部隊でですか?」


 ティルドの質問にネフュータスはうなずく。


「あの魔神より、氷室彼方のほうが殺しやすいはずだ。奴は最上級の鎧を装備しているが、人間だからな」

「わかりました」


 ティルドと赤い鱗のリザードマンは慌てて走り去っていく。


 全ての配下がいなくなると、胸元の顔が結んでいた唇を開いた。


「どこに隠レル?」

「北に洞窟があったはずだ。そこなら結界が消えるまで、見つかることはあるまい」

「いいダロウ。それにしても、氷室彼方がここまでの化け物だったトハ」

「仕方がないことだ。奴の能力は常識を遙かに超えている。予想できるはずがない」


 上の顔が剥き出しの歯を鳴らした。


「だが、氷室彼方の能力は理解した。次は確実に殺す!」


「次はないよ」


 突然、ネフュータスの背後から少年の声が聞こえてきた。

 ネフュータスが振り返ると同時に銃声が響いた。


「ぐっ…………ひ、氷室彼方…………」


 左胸を押さえながら、ネフュータスは少年の名前を口にした。


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