第173話 最凶クリーチャー
彼方の前に背丈が三メートル近くあるクリーチャーが姿を現した。顔は中性的な人間のようで頭部にはいびつに歪んだ角が二本あった。目は三つあり、薄い唇は真っ直ぐに結ばれている。無数の黒いヘビが絡まっているような皮膚の中に、十三個の赤紫色の宝石が埋め込まれていた。
「ヴァルネーデっ! 目の前にいるモンスターたちを殲滅しろ!」
「ヴァアアアアア」
ヴァルネーデは細く長い手を左右に広げる。五本の指先がオレンジ色に輝き、その光が増していく。
「死…………」
左右に広げた手をヴァルネーデは胸元で交差させた。
十本のオレンジ色の光線が草原の景色を切った。
爆発音が響き、迫っていたレッドヒュドラと数百体のモンスターたちの身体が燃え上がる。モンスターたちは一瞬で命を奪われ、レッドヒュドラは九つの口から甲高い鳴き声をあげる。
「賞賛…………」
レッドヒュドラを褒めるような言葉を発し、ヴァルネーデは右手を空に突き出す。上空に黒い球体が出現し、その球体がレッドヒュドラの頭部にぶつかった。
バンッと大きな音がして、レッドヒュドラの頭部が破裂した。
「ギュアアアアッ!」
別の頭部が怒りの咆哮をあげて、火球を口から発射する。
人の背丈程もある火球がヴァルネーデに当たる。
ヘビが絡みついたような身体が炎に包まれるが、ヴァルネーデは平然と呪文攻撃を続ける。
二つ、三つ、四つ…………次々とレッドヒュドラの頭部が破壊され、その巨体が傾いた。
彼方は、呆然とした表情で宙に浮かんでいるネフュータスに視線を向ける。
――この距離では魔銃童子切では狙えないか。もっと近づかないと。
「ヴァルネーデ! レッドヒュドラはまかせるよ」
彼方は右斜めに移動して、少しずつネフュータスに近づく。
「氷室彼方がいるぞっ!」
青黒い肌をした上位モンスター――ダリュナスが叫んだ。
「奴を狙え! 奴を殺せば召喚したモンスターも消えるはずだ!」
モンスターたちが一気に彼方に迫る。
彼方は舌打ちして、近づいてくるモンスターを魔銃童子切で撃った。
銃声が響き、鎧を装備したリザードマンとオークが倒れる。
視線を空に向けると、ネフュータスが後方に移動していた。
――僕を殺すより逃げることを選択したか。やっぱり、無限の魔方陣の呪文を警戒してるみたいだな。ヴァルネーデのデメリット効果で他のカードは使えなくなってるのに。
――さっき、召喚カードをあえて使わなかったことで、ネフュータスたちは疑心暗鬼になるだろう。僕がカードを使えるのではないかと疑い続けるはず。
その時、彼方に迫っていた数十体のモンスターがヴァルネーデの呪文によって石化した。
モンスターたちは次々と地面に倒れ、頭部や手足がもげる。
――レッドヒュドラと戦いながら、これだけの呪文を使えるのか。さすが★10の邪神だな。
彼方はモンスターたちに指示を出すダリュナスに視線を向ける。
――あいつが指揮官で間違いなさそうだ。まずはあいつを殺す!
魂斬剣エデンで周囲のモンスターを倒しながら、彼方は一気にダリュナスとの距離を縮めた。
「ダリュナス様を守れ!」
四人のダークエルフが彼方の前に立ち塞がる。さらにその背後から二人のダークエルフが彼方に向かって矢を放った。矢は彼方の頭部に当たるが、全身を覆った不思議な光がその矢を弾き返す。
――異界龍の鎧の効果で全身が弱攻撃無効なんだよね。
彼方は魔銃童子切の引き金を連続で引く。ロングソードを持った四人のダークエルフが数秒で倒される。
「くそっ! 化け物め!」
ダリュナスは銀の杖を彼方に向ける。
「遅いよっ!」
彼方は魔銃童子切の引き金を引く。
ダリュナスの左胸を赤黒い弾丸が貫いた。
「があっ…………」
ダリュナスは顔を歪めながらも呪文の詠唱を続ける。
――さすが指揮官ってところか。でも…………。
彼方は魔銃童子切の引き金をさらに引いた。銃声が響き、青黒いダリュナスの額に丸い穴が開く。
「そ…………そんな…………」
ダリュナスは目を見開いたまま地面に倒れた。
「ダッ、ダリュナス様がやられたぞ!」
「くっ、くそっ!」
モンスターたちは怯えた表情を浮かべて、ゆっくりと後ずさりする。
「うろたえるなっ!」
細身の剣を持ったダークエルフの男が叫んだ。
「敵はそいつとそいつが召喚したモンスターだけだ! 全員でかかれば、必ず倒せるはずだ!」
その言葉に周囲にいたモンスターたちの戦意が戻ってきた。武器を強く握り締め、彼方の周囲を囲む。
――まだ上位モンスターは残ってるみたいだな。
彼方は魔銃童子切の弾数を確認する。
――残り二百四十六発か。コンボはまだ続けられるし、結界の時間も一時間残ってる。それに…………。
視線を動かすと、ヴァルネーデがレッドヒュドラの最後の頭部を呪文で破壊していた。
レッドヒュドラの巨体が傾き、地響きを立てて草原に倒れる。
ヴァルネーデは動きを止めることなく細く長い手を動かした。二つの魔方陣が出現し、その魔方陣から無数の金色の糸が飛び出し、周囲にいたモンスターたちの身体を貫く。
数百体のモンスターの命が一瞬にして奪われた。
彼方を包囲していたモンスターの視線がヴァルネーデに移動した。
その隙を彼方は見逃さなかった。
魔銃童子切でモンスターを攻撃しながら、一気に包囲を突破する。
「氷室彼方を逃がすなっ!」
彼方を追いかけてくるモンスターをヴァルネーデの呪文が一掃した。
――ナイスサポートだよ、ヴァルネーデ。
彼方は頭を低くして、草原の中を走り続ける。
「ゴアアアアアッ!」
彼方の前に黒い鱗を持つドラゴンが立ち塞がった。ドラゴンの隣には黒いフードをかぶった上位モンスターらしき男が立っている。
――ドラゴン使いか!
ドラゴンはノドを大きく膨らませて、彼方に向かって黒い炎を吐きだした。
彼方は近くに倒れていたオーガの死体を盾にして、その攻撃をかわす。そして魔銃童子切でドラゴン使いを狙う。
銃声が響き、ドラゴン使いの胸から血が噴き出した。
動きの止まったドラゴンに向かって彼方は走った。高くジャンプして前脚に飛び上がり、渾身の力を込めて魂斬剣エデンを振った。大人の背丈程あるドラゴンの頭部が、どさりと草原に落ちた。
周囲にいたモンスターたちの目が大きく開く。
――呆然としてる場合じゃないと思うけどね。
彼方は横倒しになったドラゴンの身体を駆け上り、北に向かって走る。
視線を左に向けると、百体近いオーガがヴァルネーデを囲っていた。強力な攻撃呪文で倒されながらも、一体のオーガがヴァルネーデの背後に立ち、鉄の棍棒を振り下ろす。
棍棒の先端がヴァルネーデの頭に当たるが、ヴァルネーデは微動だにしなかった。鋭く尖った爪がオーガの硬い皮膚を引き裂く。
――ヴァルネーデは殺すことができない不死身のクリーチャーだ。アレとまともに戦えば被害を大きくするだけだ。それにネフュータスが気づくまで、まだ時間がかかりそうだな。
――だけど勝てないとわかったら、ネフュータスは逃げることを選択するだろう。
「そうはさせないけどね」
そうつぶやきながら、彼方は混乱した戦場を走り続けた。
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