第172話 決戦
草原に集まっている約一万体のモンスターを見て、彼方の眉が眉間に寄った。
――ゴブリン、リザードマン、オークが主力で、ダークエルフにオーガ、マンティスもいる。んっ…………奥にワイバーンやドラゴンもいるな。陣形は…………僕がどこから攻めてきてもいいように、しっかりと組まれてる。
彼方は意識を集中させて、カードを確認した。
――チャルム・ファルムの召喚時間は残り二時間弱か。正確な時間が確認できるのは有り難いな。
チャルム・ファルムのカードの召喚時間が減っているのを見て、彼方は僅かに首を縦に動かす。
その時、どこからともなくネフュータスの声が聞こえてきた。
「氷室彼方よ…………」
――広範囲に声を広げる呪文か。
彼方は警戒しながら、野草の中に隠れる。
「氷室彼方よ…………恐れ入った。ここまでの化け物だったとはな」
「君には言われたくないな」
彼方のつぶやきはネフュータスには聞こえなかったようだ。
「まさか、十体ものモンスターを召喚するとはな。さらに手に持てる小さな大砲と呪文さえも跳ね返す鎧か。ふっ、ふふっ」
ネフュータスの笑い声が草原中に響く。
「だが、先ほどから、新たなモンスターを召喚してないな? 秘薬が切れたのか? それとも異界の魔力がなくなったか?」
「そっ、そうなの?」
隣にいたミュリックが焦った様子で彼方に質問する。
「落ち着きなよ」
彼方はミュリックのぷっくりした唇を手で押さえた。
「結界を張っている妖精から聞いたぞ。この結界は、もうすぐ消えるようだな」
「…………喋ったのか」
彼方は頭を振って、ため息をついた。
――そういや、『カードマスター・ファンタジー』の設定資料集で、チャルム・ファルムはお喋りな妖精って書いてあったな。
「さあ、どうする? 攻めてこないのか?」
「当然、攻めるよ」
彼方はネフュータスに聞こえない声で言った。
「どうやって攻めるの?」
ミュリックが彼方の耳元に顔を寄せた。
「もう、召喚呪文は使えないんでしょ?」
「まだ、使えるよ」
「えっ? それじゃあ、どうして使わなかったの?」
「ネフュータスの動きを確認したかったし、いつも最善の手を使うのはよくないから」
「最善じゃダメって、どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。いつも最善手だと、相手にこっちの力量がばれるからね」
彼方は視線を前に向けたまま、言葉を続ける。
「時には、無難な手や悪手もとったほうがいいんだよ。そうすれば、今のネフュータスのように誤解する。そして、その誤解が致命傷になる場合もある」
「…………あなた、そんなことまで考えてたの?」
「カードゲームの対戦でも、よく使ってたからね。わざと対処できないふりをして、相手にクリーチャーを展開させてから、全滅呪文を使うとか」
「カードゲーム?」
「そんなゲームが僕たちの世界にはあるんだ」
「氷室彼方よ…………」
また、ネフュータスの声が聞こえてきた。
「お前にチャンスをやろう。我の配下になれ。そうすれば助けてやる」
「…………そうきたか」
彼方はぼそりとつぶやく。
「お前を軍団長にしてやろう。ヨムの国の財宝も渡す。悪い取引ではないだろう」
「どうするの? 彼方」
ミュリックの質問に彼方は首を左右に振る。
「ネフュータスの部下になる気はないよ。それに部下になっても殺されるだろうし」
「そうなの?」
ミュリックは不思議そうな顔をする。
「うん。ネフュータスよりも僕のほうが強いから。そんな人間を側に置いておくのは危険だと考えるだろうね」
「…………悩んでいるようだな」
ネフュータスの声が響く
「だが、お前はそれを選択するしかないのだ」
白い霧に覆われた空に巨大な魔方陣が浮かび上がった。
その魔方陣から、体長三十メートルを超える巨大な生物が現れた。全身が赤い鱗に覆われた生物は九つの頭部と長い首を動かして、甲高い咆哮をあげる。
「レッ、レッドヒュドラ…………」
ミュリックが掠れた声を出した。
「強いモンスターなの?」
「ドラゴンの亜種で町一つ滅ぼせる力を持ってるわ。まさか、ネフュータスがレッドヒュドラまで召喚できるなんて…………」
「ふっ、ふふふっ」
ネフュータスの笑い声が聞こえてきた。
「さあ、どうする? 降伏か死か…………どちらを選ぶ?」
「…………なるほどね」
彼方はネフュータスの意図を理解した。
――力を見せつけて、僕を降伏させたいってところか。
「降伏しようよ、彼方」
ミュリックが青ざめた顔で彼方の上着を掴む。
「レッドヒュドラだけじゃない。他にも上位モンスターがいっぱい残ってる。勝てるわけないって」
「ミュリック…………君は、もっと信頼したほうがいい」
「信頼って何を?」
「僕の力をだよ」
彼方はゆらゆらと長い首を動かしているレッドヒュドラを見つめる。
――ネフュータスがレッドヒュドラを召喚した理由は他にもあるな。多分、無限の魔方陣の呪文をレッドヒュドラに使わせたいんだろう。そうすれば、自分の身がより安全になるから。
「…………どうやら、降伏する気はないようだな」
ネフュータスがそう言うと、レッドヒュドラがゆっくりと前に進んだ。地震が起こったかのように地面が小刻みに震える。
「やっと、お前の位置を把握したぞ」
ネフュータスが空に浮かび上がり、レッドヒュドラの頭部の上に立った。不敵な笑みを浮かべて、いびつな杖の先端を隠れていた彼方に向ける。
「お前が死を選ぶのなら仕方がない。絶望を感じながら死ぬがよい!」
「キュアアアアッ!」
レッドヒュドラは九つの口を大きく開き、彼方に近づいてくる。
「ミュリック…………君は森の奥に隠れてて」
彼方はすっと立ち上がり、意識を集中させた。三百枚のカードが彼方の周りに出現する。
――結界が解けるまで、あと一時間ちょっとか。ならば、ここで使うか。
左手の指先で一枚のカードを選択した。
◇◇◇
【召喚カード:邪神 ヴァルネーデ】
【レア度:★★★★★★★★★★(10) 属性:闇 攻撃力:9000 防御力:9000 体力:9000 魔力:9000 能力:邪神ヴァルネーデを殺すことはできない。魔法攻撃無効、物理攻撃無効、状態異常無効。このカードを使用した場合、新たなカードを3日間使用することはできない。
召喚時間:1時間。再使用時間:30日】
【フレーバーテキスト:ダメだ。何をやっても倒せない。奴は正真正銘の化け物だ(アクア王国の王子リト)】
◇◇◇
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