第171話 続く悪夢
クリスタルドラゴンがリザードマンの部隊を全滅させたのを確認して、彼方は動き出した。白い霧をかき分けるようにして、高さ十メートルを超えた木々の間を進む。
小さな沼の側に数十匹のゴブリンたちがいるのを見て、彼方の漆黒の瞳が微かに輝いた。
――魂斬剣エデンの特殊能力は具現化されたアイテムの具現化時間を一分間延長させる。ゴブリンは倒しやすいからコンボの時間は増えるし、魔銃童子切の弾にもなる。
彼方は魂斬剣エデンを握り締め、ゴブリンの群れに突っ込んだ。
襲撃に気づかなかったゴブリン数体が一瞬で斬られ、気づいたゴブリンも体勢を整える前に彼方に斬られた。
二体のゴブリンが彼方に攻撃を仕掛けるが、その刃は異界龍の鎧によって弾かれた。
――弱攻撃無効なんだよね。
彼方は二体のゴブリンを迎撃し、その先にいたゴブリン三匹も一気に斬り殺す。
数分でゴブリンの群れは壊滅した。
彼方は息を吐き出して、魔銃童子切の弾数を確認する。
――これで弾は六十八発か。銃の扱いにも慣れてきたし順調だな。
「彼方っ!」
空から偵察していたミュリックが戻ってきた。
「北からゲドの部隊がこっちに向かってる」
「ゲドって?」
「オーガみたいに大きなオークよ。魔法の鎧を装備してて、炎の呪文も使えるから注意して」
「部隊の数はわかる?」
「ざっと、千ってところね」
「なら、直接戦うのは避けておくか」
彼方は慌てることなく周囲の地形を確認する。
――オーガレベルで大きなオークなら、通るのはあの辺りか。ゴブリンの死体に目が行くだろうから…………。
「ミュリック、君は木の上に隠れてて」
そう言うと、彼方は斜面を駆け上がり、高さ数十センチの野草の中に身を潜める。
五分後、鎧を着たオークたちが現れた。オークたちは沼の前で死んでいるゴブリンを見て、顔を見合わせる。
やがて、背丈が三メートル近いオークが姿を見せた。オークは銀色の鎧を着ていて、巨大な斧を手にしていた。
――あれがゲドか。
彼方は音を立てないようにして、魔銃童子切の銃口をオーク――ゲドに向けた。
ゲドは大きな声で部下たちに指示を出した。
「ゴブリンの死体は、まだ新鮮だ。近くに氷室彼方がいるぞ!」
――その通りだよ。
彼方は魔銃童子切の引き金を引いた。
銃声が響き、ゲドの側頭部に弾丸が突き刺さった。
ゲドは血を噴き出しながら、沼の側に倒れた。
「ゲッ、ゲド様っ!」
周囲のオークたちが慌ててゲドに駆け寄る。
彼方は素早く立ち上がって走り出す。
――これで、この部隊も混乱するだろう。
走りながら、視線を白い霧に覆われた空に向ける。
――結界を作ってるチャルム・ファルムの召喚時間は一日だ。その間にモンスターの数を減らしていく。
彼方は襲いかかってきたダークエルフのノドを魂斬剣エデンで切り裂き、鋭い視線を周囲に向けた。
その後も彼方はモンスターを殺し続けた。
異界龍の鎧で、ほとんどの攻撃は無効化され、体力回復の効果で休むことなく攻撃を続ける。強い魔力を持つ上位モンスターも遠距離から魔銃童子切で撃たれ、その実力を発揮する間もなく倒された。
何度か多くのモンスターたちに囲まれたが、その度に強力な呪文カードで切り抜ける。
神出鬼没に動き回る彼方にモンスターたちは翻弄された。
さらに彼方はクリスタルドラゴンの召喚時間が終わると同時に、新たなクリーチャーを召喚した。そのクリーチャーが倒されれば、また別のクリーチャーを召喚する。
二万以上いたモンスターの軍隊は、彼方とクリーチャーの攻撃より、半数に減っていた。
◇
十数時間後、彼方の周囲からモンスターの気配が消えた。
彼方は足を止めて、結んでいた唇を開く。
「ミュリック…………」
「なっ、何?」
隣にいたミュリックが彼方に顔を寄せた。
「また、偵察を頼むよ。モンスターの行動が今までと違うみたいだから」
「うん。わかった」
ミュリックは真剣な顔でうなずいて、すっと空に飛び上がる。
彼方は魔銃童子切の後部に埋め込まれた宝石を見る。そこには『254』と表示されていた。
――弾数は十分あるな。アイテムの具現化時間も、たっぷり延長できてる。ただ、チャルム・ファルムの召喚時間はあと四時間弱で切れる。そうなれば、結界が解けて、ネフュータスに逃げられる可能性もあるか。
ふと、足元を見ると、彼方が殺したダークエルフの女の死体があった。
一瞬、彼方の表情が歪む。
――覚悟を決めたはずだ。僕はネフュータス軍を全滅させるって。
彼方は両手のこぶしを硬くして、深く息を吐き出した。
数十分後、空からミュリックが戻ってきた。
ミュリックは顔色の悪い彼方を見て、首を傾ける。
「どうしたの? 顔色悪いみたいだけど?」
「何でもないよ」
彼方は低い声で答える。
「それより、何かわかった?」
「ネフュータスは西の草原に配下を集めたみたい」
「西か…………」
親指の爪を唇に寄せて、彼方は西の方向に視線を動かす。
――コンボに気づいたというよりも、全軍を集めて、僕を迎え撃つ作戦に変更したみたいだな。それとも、結界に時間制限があると予想したか…………。
「どうするの? 彼方」
「…………行くしかないだろうね。こっちには時間制限があるから」
彼方は夜空のように輝く異界龍の鎧を指先で叩く。
「か、勝てるよね?」
「絶対に勝てると断言はできないな。ネフュータスも僕の知らない能力を持ってるかもしれないし。だけど…………」
「だけど、何?」
「僕は負ける気はないよ。こっちも全ての能力を使ったわけじゃないから」
そう言って、彼方は西に向かって歩き出した。
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