第154話 ウロナ村の戦い8
「ネッ、ネフュータスがいるぞ!」
多くの騎士たちが、宙に浮かぶネフュータスの姿を確認した。
あばら骨の浮いた骨と皮だけの不気味な姿に、騎士たちの表情が強張る。
「ネフュータスを倒せ!」
凜としたティアナールの声が響いた。
「奴を倒せば、この戦いは終わるぞ!」
その声で騎士たちは我に返った。
「弓兵っ、魔法が使える者はネフュータスを狙えっ!」
数百本の矢と炎の球がネフュータスを狙った。
ネフュータスは枯れ木のような右手で杖を振った。半透明の赤い膜が出現し、矢と炎の球を弾き返す。
「下等な人間どもが。無駄な攻撃を…………」
唇のない剥き出しの歯を動かして、ネフュータスは呪文を唱えた。
上空に直径数十メートル程の魔法陣が描かれ、そこから、不気味な生物が現れた。
それは下半身がクモで上半身が人間の女のモンスターだった。背丈は八メートル近くあり、上半身の肌は青紫色だった。長い髪の毛は黒く、目も黒い。異常に長い両手には黒い刃の曲刀を手にしていた。
「アッ、アラクネーだっ!」
悲鳴のような騎士の声が聞こえてきた。
「ただのアラクネーと思うなよ。こいつは我が秘術で強化されている」
ネフュータスは暗い声で言った。
「アラクネーよ。全員殺していいぞ」
「キリュアアアアアア!」
アラクネーは歓喜の表情を浮かべて、赤鷲騎士団の本陣に突っ込んだ。
八本の毛むくじゃらの脚が騎士たちをなぎ倒し、異常に長い手に持たれた曲刀が本陣を守ろうとした騎士の首を飛ばす。
「その化け物を止めろっ!」
騎士たちがアラクネーの脚を大剣で斬ろうとするが、硬い皮膚と毛のせいで小さな傷しかつけることができない。
「キュヒュウウ」
アルクネーはクモの形をした下半身から白い糸を周囲に吐き出した。糸は近くにいた騎士たちの動きを封じる。
本陣で暴れ回っているアラクネーを見て、彼方は唇を強く噛んだ。
――あれは相当強いモンスターだ。早めになんとかしたほうがいいか。
「おーっ、なかなかマズイ状況だな」
突然、彼方の背後から野太い声が聞こえた。
振り返ると、そこにはSランク冒険者のユリエスが立っていた。ユリエスはオレンジ色の髪をかき上げながら、彼方に近づく。
「まさか、こんなところでお前と出会えるとはな」
「ちょっとお金稼ぎのためにモンスター狩りをしてたんです」
「ふーん。まあ、お前なら、上位モンスターでも、ひとりで倒せるだろうな」
ユリエスは百数十メートル先にいるネフュータスとアラクネーを交互に見る。
「強化されたアラクネーに四天王のネフュータスか。で、彼方くんはどっちを狙うのかな?」
「アラクネーを止めます」
彼方は即答した。
「このままじゃ、本陣が落とされそうだし、ティアナールさんも、そっちにいるから」
「…………ほう。敵軍の大将を狙わないか。欲がないな。ネフュータスを倒せば、ヨム国の英雄になれるというのに」
「それは、ユリエスさんにおまかせします」
彼方は聖水の短剣を握り締め、本陣に向かって走り出した。
◇
暴れ回っているアラクネーに近づくと、金色の鎧を装備した大柄の騎士が他の騎士たちに指示を出していた。
「ひとりで戦おうとするな! アラクネーの動きを止めて、上半身を狙え!」
騎士たちはその指示に従って、アラクネーを取り囲む。
しかし、アラクネーの前進は止まらなかった。
騎士たちを弾き飛ばしながら進み続け、指示を出していた大柄の騎士の首を曲刀で跳ね飛ばした。
「ハッ、ハンネス千人長っ!」
悲鳴のような声が周囲の騎士たちから漏れた。
「キリュウウウ!」
ハンネス千人長が殺され、動揺した騎士たちにアラクネーが襲い掛かる。陣形が完全に崩れ、戦況が一気に不利になった。
彼方は必死に指示を出しているティアナールに駆け寄る。
「ティアナールさん。アラクネーは僕が倒します! 今のうちに軍をまとめてください」
「わかった。支援の騎士はいるか?」
「大丈夫です。レーネと風子がいますから」
早口で会話を終えると、彼方はアラクネー向かって走り出す。
「レーネ、風子、僕に近づいてくるモンスターはまかせるよ」
「まかせといて」とレーネが言った。
「了解なの」
風子は周囲にいるゴブリンを矢で倒しながら、小さな口を動かす。
彼方たちは乱戦の中、戦場を走り続ける。黒い瞳が数十メートル先にいるアラクネーを捉えた。
アラクネーは甲高い鳴き声をあげながら、曲刀で騎士たちを殺している。多くの騎士たちが、白い糸に絡まれて動けなくなっていた。
――時間がない。ここは一撃で決められるアイテムカードを使う!
彼方はアラクネーに突っ込みながら、意識を集中させた。
◇◇◇
【アイテムカード:妖銃ムラマサ】
【レア度:★★★★★★★★(8) 遠距離から強力なダメージを与える銃。弾丸は一発のみ。具現化時間:5分。再使用時間:20日】
◇◇◇
彼方の前に黄金色に輝く銃が出現した。
彼方はその銃を左手で掴み、右手に持っていた聖水の短剣をアラクネーに投げつけた。
槍のように尖った聖水の短剣がアラクネーの脚に突き刺さった。
アラクネーは動きを止め、黒い目で彼方を睨みつける。
「キュリィィィ!」
左右の手に持った曲刀を振り上げ、アラクネーは彼方に突撃した。
風子の放った矢がアラクネーの上半身に当たるが、青紫色の肌がその矢を跳ね返した。
アラクネーは目を細めて笑った。
――ナイスサポートだよ。風子。これでアラクネーは油断する。
彼方は両足を軽く開き、妖銃ムラマサの銃口をアラクネーに向ける。
アラクネーが曲刀を振り下ろすと同時に、彼方は引き金を引いた。
銃声が響き、黄金色の弾丸がアラクネーの額を貫いた。
「キュ…………アア…………」
両手に持った曲刀が地面に落ち、アラクネーの巨体が横倒しになった。
――矢を跳ね返す程の強い体だから、油断したね。まあ、この世界には銃がないみたいだし、警戒しにくかったかな。
アラクネーの死を確認して、彼方はふっと息を吐いた。
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