第153話 ウロナ村の戦い7

 東門の前には、多くの騎士たちが集まっていた。門は開いており、その向こうから怒声とモンスターの鳴き声が聞こえている。


「彼方っ!」


 ティアナールが彼方に駆け寄ってきた。


「もう、ゴブリンを倒したのか?」

「はい。召喚した風子が活躍してくれたし、レーネもいたから」

「最初、彼方に助けられたけどね」


 彼方の隣にいたレーネが口を挟む。


「で、そっちの状況はどう?」

「赤鷲騎士団がだいぶやられていたが、マルス百人長の部隊が救援に入って盛り返したな」

「それなら、少しは安心ってところかな」


「ティアナール百人長っ!」


 若い騎士がティアナールに駆け寄った。


「北東の方角に新たなモンスターの部隊が現れました! 数は千体以上っ!」

「千だとっ!?」」


 ティアナールの表情が険しくなる。


「赤鷲騎士団のハンネス千人長の部隊が対応してますが不利な状況です!」

「…………わかった。部隊を半分に分けるぞ。アルベール十人長、キャルト十人長、サバル十人長、チルタ十人長を呼べ。私の部隊といっしょにハンネス千人長を救援に向かう」

「ティアナール百人長もですか?」

「ああ。守りは赤鷲騎士団のスワロ副団長にまかせる。予備兵も集まってきてるしな」


 ティアナールは彼方に向き直る。


「彼方、お前もいっしょにきてくれるか?」

「はい。多分、役に立てると思うし」

「当たり前だ。お前がいれば、我らの勝利は確定だ」

「あっ、あの…………」


 若い騎士が彼方をちらりと見る。


「この冒険者は、そんなに強いのですか? Fランクのようですが?」


「ああ」とティアナールは答えた。


「こいつは最強のFランクだからな」

「最強…………ですか?」


 若い騎士は眉を眉間に寄せて、首を傾ける。


「しかし、とても強そうには…………」

「外見で判断しないほうがいい。彼方の実力はSランク以上だからな」

「Sランク以上?」


 周囲にいた騎士たちも、目を丸くして彼方を見つめる。


「…………こいつがSランク以上って本当か?」

「わからん。しかし、もしSランク以上なら、魔法戦士のユリエス様と同じ強さってことになる」

「そんなこと、あるわけないだろっ! ユリエス様は何匹もドラゴンを倒したことがあるヨム国の英雄だぞ」

「あっ、思い出した。こいつ、前にアルベール十人長を模擬戦で倒した奴だ!」


 赤毛の騎士が彼方を指差した。


「アルベールを? それなら強いのは事実なのか」

「だが、Sランク以上の強さがあるとは信じがたい」

「もしかして…………ティアナール百人長が騙されてるんじゃないのか?」


 自分に向けられる多くの視線に、彼方は苦笑した。


 ――いつもの反応だな。まあ、強くないと思われたほうが都合がいいか。


「彼方、私もついていくから」


 レーネが彼方の腕に触れた。


「ウロナ村をモンスターから守るのが私の仕事だからね」


「よしっ!」と、ティアナールが両手を叩いた。


「お喋りは終わりだ! 我らの力で勝利を確定させるぞ!」

「おーっ!」


 騎士たちの声が周囲に響き渡った。


 ◇


 彼方、レーネ、風子は、ティアナールの部隊をいっしょに森の中を進んでいた。地面には騎士とモンスターの死体が転がっていて、血の臭いが空気に溶け込んでいる。


「ティアナール百人長っ! 前方七十メートルにリザードマンの部隊がいます!」


 若い騎士がティアナールに報告した。


「数は約三十っ!」

「ならば、一気に突っ切る! 全員、突撃っ!」


 ティアナールを先頭に、騎士たちが一斉にリザードマンの部隊に襲い掛かった。

 盾を持ったリザードマンが防御の姿勢を取る前に、ティアナールは、その首を飛ばした。

 周囲にいた女騎士たちが、慌てているリザードマンたちに攻撃を仕掛ける。

 数十秒で八体のリザードマンが倒され、残ったリザードマンは散り散りに逃げ出していく。


「無理に追う必要はない! このまま、ハンネス千人長の部隊と合流するぞ」

「おおーっ! ティアナール百人長に続けーっ!」


 統率の取れた騎士たちの動きに、彼方の目が丸くなる。


 ――これはサポートする必要はなさそうだな。全員が鍛えられてるし、気力も充実してる。ティアナールさんの指示も完璧だ。


 その時、走っていた彼方の前に大型のオークが現れた。


 ――単体か。ならば…………。


 彼方がオークと接触する前に、背後を走っていたレーネと風子が動いた。

 オークの額に風子の矢が突き刺さり、ノドにレーネのナイフが刺さった。


「ゴウッ…………」


 オークは巨体を揺らして倒れる。


「この程度の雑魚なら、彼方お兄ちゃんが戦う必要ないから」


 風子がそう言うと、レーネも「そうね」とうなずく。


「まっ、雑魚は私たちがやるから。彼方はヤバイ奴が出てきた時にお願いね」


 レーネはウインクして、彼方の肩をポンと叩いた。


 ◇


 広葉樹の生えた斜面を駆け上がると、視界が一気に広がった。何も生えてない耕作地の端に騎士たちが陣を敷いていた。中央の横陣が破れていて、七体のオーガが騎士たちを丸太のような棍棒でなぎ倒していた。


「ちっ! 押し込まれてるな」


 ティアナールが舌打ちをして、整った唇を噛む。


「一角鳥の陣で突っ込むぞ! 私に続けっ!」

「うおおおおっ」!」


 ティアナールと騎士たちは尖った角のような陣形でモンスターに突っ込んだ。ゴブリンやリザードマンが血を噴き出し、次々と地面に倒れる。


 後方を走っていた彼方は、真横から突っ込んでくるオークの部隊を視界に捉えた。


 ――ティアナールさんの邪魔はさせないよ。


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。


◇◇◇

【呪文カード:六色の流星雨】

【レア度:★★★★★★★★(8) 広範囲の対象にランダムな属性のダメージを与える。再使用時間:20日】

◇◇◇


 ティアナールの部隊に横撃を加えようとしていたオークの部隊に六色の雨が降り注いだ。

 赤色、青色、緑色、黄土色、黄白色、黒色の雨がオークの体に当たり、ばたばたと倒れていく。


 ――これで、ティアナールさんはオーガの部隊を後方から狙えるはずだ。


 強力な呪文攻撃に周囲のモンスターがひるんだその時――。


直径数メートルの黒い球体が赤鷲騎士団の本陣に落ちた。爆発音が響き、数十人の騎士が吹き飛ぶ。


 ――敵の呪文攻撃か。誰が呪文を…………。


 彼方の瞳に、紫色のローブを着た老人が映った。老人は骸骨に皮膚だけが張り付いたような顔をして、右手にいびつに歪んだ杖を持っていた。


「…………ネフュータス」


 彼方はこぶしを硬くして、四天王の名を口にした。

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