第151話 ウロナ村の戦い6

 彼方はティアナールの部隊といっしょに西門からウロナ村に入った。

 走りながら、村の状況を確認する。


 ――村の人たちは家の中に避難してるのか。外にいるのは騎士だけだ。


 視線を左に向けると、中央の丘の周りにいる騎士たちが東に向かって走っていた。


 ――あれは予備兵ってやつか。やっぱり、東門が危ないみたいだな。


隣を走っていたティアナールに若い男の騎士が駆け寄った。


「ティアナール百人長、南の壁からゴブリンの部隊が村の中に入り込んでます!」

「数は?」

「三十前後です」


「僕が行きます!」


 彼方がティアナールの耳元に口を寄せた。


「ひとりで大丈夫か?」

「もちろん。僕はひとりだけど、ひとりじゃないから」

「…………わかった。頼むぞ、彼方」


 ティアナールは彼方の頬に白い手で触れた。


 ◇

 

 月に照らされた細い道を彼方は南に走り続けた。

 数十メートル先の家の屋根が燃えており、夜空に黒い煙が立ち上っている。

 彼方は意識を集中させる。周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。


◇◇◇

【召喚カード:那須与一の子孫 風子】

【レア度:★★★★(4) 属性:風 攻撃力:400 防御力:100 体力:500 魔力:400 能力:弱者即死の効果がある弓を使う11歳の女子小学生。召喚時間:8時間。再使用時間:8日】

【フレーバーテキスト:雑魚退治とお留守番は風子におまかせなのです】

◇◇◇


 彼方の前に十一歳の女の子が現れた。セミロングの黒髪に深緑の瞳、白いワンピースを着ていた。背中には矢筒を背負っている。白く小さな手には魔法文字が刻まれた緑色の弓を手にしていた。


「彼方お兄ちゃん! ひどいよ!」


 風子は頬を膨らませて、彼方を睨みつけた。


「えっ? ひどいって?」


 彼方はまぶたをぱちぱちと動かす。


「君を召喚したのは、初めてのはずだけど?」

「それだよ。どうして、もっと召喚してくれないの?」


 風子は小さな唇を尖らせる。


「風子は、ずっと待ってたんだよ」

「ごめん。状況で召喚するクリーチャーを選んでるから」


 彼方は風子の頭を軽く撫でる。


「と、今はそんなことを話してる場合じゃない。村の中にゴブリンがいるから、それを風子に倒してもらいたいんだ」

「えーっ? 戦闘のために呼び出したの? てっきり、デートだと思ってたのに…………」

「小学生の女の子をデートに誘ったりしないよ」

「うーっ! 彼方お兄ちゃんのいじわるっ!」


 風子は矢筒から二本の矢を取り出し、素早い動きで弓を射る。

 矢は屋根の上に潜んでいた二匹のゴブリンの額を正確に射貫いた。

 二匹のゴブリンが屋根から転げ落ちる。


 彼方は感嘆の声をあげた。


「二本同時に射ることができるんだね」

「うん。魔法の弓と矢を使ってるから。こんなこともできるよ」


 風子は夜空に向かって矢を放つ。その矢が意思を持っているかのように曲がり、木造の家の陰に消える。

 同時に「グギャ」とゴブリンの叫び声が聞こえた。


「相手が物陰に隠れてても、射ることができるんだ?」

「風の力を使えば、矢を曲げることもできるの」

「いいね。その調子で、どんどんゴブリンを倒してもらうよ」

「その後にデートしてくれる?」

「今は難しいけど、今度、時間があったらね」

「…………約束破ったら、針千本だからね」


 風子は人差し指を伸ばして、彼方の腹部を突いた。


 ◇


 燃えさかる家の前に七匹のゴブリンがいた。ゴブリンたちは彼方と風子を見て、一気に襲い掛かってくる。


「風子、サポート頼むよ」


 彼方は聖水の短剣を握り締め、先頭にいたゴブリンに走り寄る。


「キュアアア!」


 ゴブリンが血で汚れた短剣を振り上げた。

 彼方は右手を限界まで伸ばして、聖水の短剣を真横に振った。短剣の刃が一メートル以上伸びる。刃の先端がゴブリンのノドを斬った。


 彼方の攻撃が届くとは思っていなかったゴブリンは、大きく目を見開いたまま、地面に倒れた。


 別のゴブリンが左から曲刀を振り下ろす。

 その攻撃を彼方は聖水の短剣で受けた。同時にゴブリンの額を風子の矢が貫く。


「ありがとう、風子!」


 彼方は風子に礼を言いながら、盾を持ったゴブリンの首を飛ばす。


 彼方たちが強いことに気づいて、ゴブリンたちが逃げ出した。ゴブリンたちの背中に風子の放った矢が突き刺さる。


 ゴブリンたちが次々と倒れていく。


 ――弱者即死の効果が出てるみたいだな。この調子なら、早めにゴブリンを殲滅できそうだ。


 視線を動かすと、井戸の側で冒険者の少女が三匹のゴブリンに囲まれていることに気づいた。少女の周りには、数人の冒険者が倒れている。


 ――あの子は…………レーネだ!


彼方はその少女が、シーフのレーネだと気づいた。


「風子は、このまま南の壁に行って!」


 そう叫んで、彼方は走り出す。


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。


◇◇◇

【呪文カード:氷の手裏剣】

【レア度:★★(2) 属性:水 複数の対象に水属性のダメージを与える。再使用時間:2日】

◇◇◇


 彼方の頭上に数十枚の氷の手裏剣が出現した。手裏剣はくるくると回転しながら、ゴブリンたちに突き刺さった。

 二体のゴブリンが地面に倒れ、残った一匹は彼方の聖水の短剣で斬られる。


「大丈夫? レーネ」

「か…………彼方?」


 レーネは漆黒の瞳を丸くして、彼方を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る