第150話 ウロナ村の戦い5

「…………やってくれましたね」


 尖った歯をカチカチと鳴らして、ウルエルは彼方に近づく。


「もう、遊びは終わりです。あなたを殺して、軍の指揮に戻ることにしましょう」


 そう言うと同時に、ウルエルが動いた。素早く彼方の側面に回り込み、尖った爪を振り下ろす。


 彼方は上半身を捻りながら、聖水の短剣で爪の攻撃を受ける。さらに長く伸びた刃でウルエルに攻撃する。

 水色の刃と黒い爪がぶつかる度にキンキンと甲高い音が響く。


「呪文を使わせる時間はあげませんよ」


 ウルエルの攻撃がどんどん速くなる。


 彼方はゴブリンの死体を飛び越えて、ウルエルとの距離を取った。


「逃げる気ですか?」

「そんなつもりはないよ。胸の真ん中にある核だけは再生できないみたいだし」

「…………はぁ?」


 ウルエルの頬がぴくりと動いた。


「何で、そんなことを考えたんです?」

「前に再生するモンスターと戦ったことがあるんです。そいつは体内にある核を移動させることができたけど、あなたには、それはできないようですね」

「…………ふっ、ふふっ」


 ウルエルは自身の胸の中央に右手を寄せた。


「どうしてわかったのか、教えてもらえますか?」

「防御の動きですよ」

「防御の動き?」

「あなたは再生能力があるせいで、手や足、頭の守りはおざなりです。でも、胸の真ん中への攻撃だけは気にしてました。よく左手を胸元に寄せてますしね」


 彼方はウルエルの赤い目をじっと見つめる。


「人間は戦闘で手や足が斬られたら、ほぼ終わりです。だから、頭や胸だけじゃなく、手や足の防御も重視する。胸だけを守っていればいいあなたとは戦い方が全く違うんです」

「…………勉強になりましたよ。そんな細かいことまで気にして戦う人間がいるとはね」


 尖った歯を噛み合わせて、ウルエルは笑った。


「ですが、それがわかったからといって、どうだと言うんです? 硬い鱗に覆われた私の核を、どうやって傷つけると?」

「その方法は百通り以上ありますよ」

「…………ほう。ならば、見せてもらいましょうか」


 ウルエルは地面を強く蹴って、彼方に襲い掛かった。左手をすくい上げるようにして、彼方の脇腹を狙う。

 聖水の短剣で、その攻撃を受けつつ、彼方は右斜めに移動する。ぐっと右足を踏む込み、聖水の短剣の先端でウルエルの胸を狙う。


「させるかっ!」


 ウルエルは左手で胸の中央を防御する。


 その瞬間、真っ直ぐに突き出された短剣の動きが、空中にぶつかったかのように止まった。そして、真横に滑るように動く。

 水色の刃がウルエルの右腕を切断した。


「があっ…………」


 ウルエルの体が僅かに傾く。

 彼方は低い姿勢から、また、胸を狙う動きをした。ウルエルは上半身を捻って、胸を守ろうとする。

 だが、それも彼方の罠だった。

 彼方はネーデの腕輪の力で剣の軌道を変化させて、今度は左腕を肘の部分から切断した。


「あ…………ああ…………」


 ウルエルの顔が恐怖で歪む。


 彼方はぐっと聖水の短剣を引き、強い力で突き出す。水色の刃の先端が針のように細くなり、銀色の鱗を突き破る。


「ごおっ…………」


 ウルエルの動きが止まった。


「…………わっ、わざと核のことを話したんですね」

「はい。胸の守りを意識してもらったほうが、早めに倒せそうだったから」


 彼方は聖水の短剣を構えたまま、唇だけを動かす。


「両手の腕がなければ、どうせ胸は守れません」

「…………ここまで…………剣技が優れていたとは…………」


 ウルエルの両膝が地面につき、地響きを立てて前のめりに倒れた。


 ◇


「彼方っ!」


 ティアナールが瞳を輝かせて彼方に駆け寄った。


「よくやってくれた。これで、この戦いに勝てるぞ!」

「…………そうですね」


 彼方は周囲を見回す。近くにいたモンスターたちはメタセラに倒されていて、ティアナールの部下だけが残っている。


 ティアナールの直属の部下の女騎士たちが、彼方の周りに集まってきた。


「ちょっと、あなた、Fランクなの?」


 一番背の高い女騎士のドミニクが目を丸くして、彼方のプレートを指差した。


「何で、Fランクなのに、あんな化け物を倒せるのよ?」

「運がよかったんだよ」

「そんなわけないでしょ。何、あの剣の動きは? 直角に軌道を曲げてたじゃない。それに、その短剣だって、さっきまではもっと刃が長かったはず」


 ドミニクは彼方に顔を近づける。


「あんた、何者なの?」


「彼方は異界人で、私の大切な…………友人だ」


 ティアナールがドミニクの質問に答えた。


「ランクはこの通りFランクだが、Sランク以上の力を持ってるぞ」

「Sランク以上っ!?」


 女騎士たちがぽかんと口を開ける。


「冗談…………ですよね?」

「冗談ではない。彼方は…………あの魔神…………あ、いや」


 ティアナールは首をぶんぶんと左右に振る。


「今はそんなことを話してる場合じゃないな」


 その時、ティアナールの弟のアルベール十人長が駆け寄ってきた。


「ティアナール百人長っ! 報告です…………かっ、彼方っ!」


 アルベールはティアナールの隣にいた彼方を指差す。


「どうして、お前がここにいる? まさか、まだ姉上を狙っているのか?」

「彼方のことはいい。報告はどうした?」


 ティアナールはアルベールの頭を叩く。


「はっ、はい。ウロナ村の東門に新たなモンスターの軍隊が現れました。数は三千!」

「東門っ? 逆方向ではないか」


 ティアナールの整った眉が吊り上がる。


「現在、赤鷲騎士団と戦闘中ですが、状況は不利。ティアナール百人隊、マルス百人隊は救援に向かえとのことです」

「リューク団長…………本陣は大丈夫なのか?」

「はい。リューク団長が先頭に立ち、オーガの部隊を退けました」

「…………そうか。さすがリューク団長だな」


 ティアナールは彼方に向き直る。


「彼方、いっしょに来てくれるか。お前がいれば心強い」

「わかりました」


 彼方は真剣な顔でうなずいた。

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