第149話 ウロナ村の戦い4
彼方は呆然としているティアナールの前に立って、ウルエルと対峙した。
ダークボムの呪文によってえぐられたウルエルの肩が、ぼこぼこと音を立てて再生する。
ウルエルは前屈みになって、彼方を覗き込んだ。
「あなた…………もしかして、氷室彼方ですか?」
「…………ええ」
彼方はウルエルから視線を外すことなく、僅かに首を動かす。
「ティアナールさんは、周りのモンスターをお願いします。こいつは僕が倒しますから」
「あ…………ああ」
ティアナールは、ぱくぱくと口を動かす。
「ふふふっ、これは面白くなってきました」
ウルエルが長い舌をちろちろと動かす。
「私はネフュータス様の軍団長ウルエル。ザルドゥ様を倒したあなたと戦えるのは光栄です」
「…………それがわかってて、僕と戦うんですか?」
「もちろんです。あなたを殺せば、私の名は一気に広まります。そして、ネフュータス様が新たな魔神となるでしょう」
「それなら、戦うしかなさそうですね」
彼方は青い刃の短剣を構える。
◇◇◇
【アイテムカード:聖水の短剣】
【レア度:★★★★★★★★(8) 水属性の短剣。装備した者の意思を読み、刃の形状を変える。具現化時間:24時間。再使用時間:20日】
◇◇◇
――僕がザルドゥを倒したとわかってても戦おうとするってことは、相当自信があるのかな。再生能力も持っているみたいだし。
彼方はじっとウルエルの姿を観察する。
――呼吸数はリザードマンに近いな。銀の鱗はなかなか硬そうだし、この肩幅なら、相当力も強い。それに太股が太くて足の爪が鋭い。速く動けるタイプか。
「彼方さん。ひとつ質問があるんです。あなたはザルドゥ様を呪文で殺したと聞いていましたが、この程度の呪文しか使えないのですか?」
ウルエルは自身の肩を指差す。
「安心してください。さっきのは低ランクの呪文ですよ」
彼方は両足を軽く開いて、聖水の短剣の先端をウルエルに向ける。
「おや、呪文を使ってくれないんですか? てっきり、ザルドゥ様を殺した呪文を使ってくれると思っていたのですが」
「…………その必要はなさそうだから」
「ほう…………」
ウルエルは裂けた口を開いて笑った。
「呪文には何らかの制限があるんですね。予想通りです」
「予想通りか」
「ええ。高位の呪文には貴重な秘薬や大掛かりな準備が必要ですから。多分、あなたは異界から転移してきた時に特別な秘薬を手に入れた。その秘薬で、強力な攻撃呪文や召喚呪文を使ってるんです。どうです? 当たってるんじゃないですか?」
「…………少しはね」
彼方は冷静な声で答えた。
「彼方っ! 気をつけろ!」
ティアナールが叫んだ。
「そいつは力だけじゃなく、スピードもとんでもないぞ」
「…………でしょうね」
――高位の呪文を打たれても避けようと考えているんだな。強力な呪文を打つには時間がかかるって常識が、この世界にはあるから。
――でも、僕のカードは違う。★10の呪文でも、すぐに打つことができるし、『無限の魔法陣』の呪文なら、拘束されて避けることができない。まあ、その呪文をここで使うつもりはないけど。
彼方はじりじりとウルエルとの距離を縮める。
「おや、まさか、その短剣で私と戦うつもりですか?」
「ダメかな?」
「…………いえ。ダメではありませんが、それでは勝負になりませんよ」
ウルエルは肩をすくめて、両手の爪を動かす。
「その短剣は、なかなかの業物のようですが、私の硬い鱗を貫くことができますかね? まあ、できたとしても、再生するだけですが」
「とりあえず、試してみるよ」
彼方はすっと前に出て、短剣を真横に振る。短剣の刃が一メートル近く伸び、ウルエルの脇腹に触れた。甲高い金属音が響き、銀の鱗が僅かが傷つく。
「おっと、そういうタイプの剣でしたか」
ウルエルは一歩下がって、左右の腕を軽くあげる。
「ためしに斬られてみましたが、この程度とは残念です…………よっ!」
今度はウルエルが動いた。両手の爪で彼方を攻撃する。彼方は聖水の短剣で刃物のような爪を受けた。
強い力を感じて、彼方の表情が引き締まる。
――やっぱり、力も強いしスピードもある。しかも、これは本気の攻撃じゃないな。戦いを楽しもうって考えているのか。
彼方は斜め下から、聖水の短剣を振り上げる。短剣の刃がさらに伸び、その先端がウルエルの頭部に迫る。
その攻撃をウルエルは真横に飛んでかわした。右足が地面につくと同時に彼方に突っ込んでくる。
彼方は野草の上を転がりながら、落ちていたロングソードを拾い上げ、それをウルエルめがけて投げた。
ウルエルはハエを追い払うような動作でロングソードを弾き飛ばす。
前に伸びた右手を見て、彼方が一気に前に出た。ウルエルの懐に飛び込み、真下から聖水の短剣を振った。
ウルエルの腕が肘の関節部分から切れた。
「ぐっ…………やりますね。肘を狙ってくるとは」
ウルエルは痛みに顔を歪めながら、ゆっくりと後ずさりする。
「ですが、無駄なんですよ」
切れた肘の部分から、新たな手が生えてくる。
「申し訳ありません。私が人間のような貧弱な生き物だったら、よかったのですが」
ウルエルは細長い舌をだらりと垂らして、彼方に近づく。
「たしかにあなたは強い。これだけ剣が扱えて、高位の呪文も使えるのなら、多くの別働隊が全滅するのも理解できます。ですが、相手が悪かったですね。そして状況も」
「状況?」
「ええ。ここは戦場です。本当なら、戦術であなたを殺すこともできるんですよ」
「森の奥に潜んでいる異形種の別働隊を使ってですか?」
彼方の言葉に、ウルエルの笑みが消えた。
「…………どうして、それを知ってるんです?」
「ここに来る前に見かけたからですよ。もう、全滅してると思いますが」
「全滅?」
その時――。
ウルエルの背後にある森の奥から爆発音が響いた。数本の木が倒れ、青色の髪の少女が現れた。少女は十四歳ぐらいで、右手に黄緑色に輝くレーザーソードを持っている。
◇◇◇
【召喚カード:造られた勇者 メタセラ】
【レア度:★★★★★★★★★★(10) 属性:無 攻撃力:8800 防御力:7500 体力:6600 魔力:0 能力:メタセラを破壊した者にダメージを与える。召喚時間:1時間。再使用時間:30日】
【フレーバーテキスト:メタセラは本物の勇者ではない。だが、彼女はダークドラゴンを倒してカイルの街を守ってくれた。その命を捨てて…………】
◇◇◇
少女――メタセラはブーツについた四つの車輪を回して、滑るように草原を移動する。
近くにいたオークとリザードマンがレーザーソードに斬られて、地面に倒れる。
「あれは…………?」
「僕が召喚した機械仕掛けの人形ですよ」
彼方は淡々とした口調で言った。
「メタセラはザルドゥにダメージを与えることができる程の攻撃力があります。彼女を倒せるモンスターは少ないでしょうね」
「ひっ、氷室彼方っ!」
ウルエルは小刻みに巨体を振るわせて、彼方を睨みつけた。
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