第148話 ウロナ村の戦い3

突然、ウルエルの体が膨れ上がった。服が破けて、三倍以上に体積が増える。唇が耳元まで広がり、皮膚が銀色に変化する。見開かれた目が真っ赤になり、両手の爪が数十センチ伸びた。


「ふうぅうーっ」


 ウルエルは太くなった首を回しながら、左右十本の爪をカチカチと鳴らした。


「さて、名前を聞かせてもらいましょうか。エルフの女騎士さん」

「白龍騎士団の百人長ティアナールだ」


 ティアナールはロングソードを上段に構える。


 ――背丈は二メートル五十近いか。頭を狙うつもりだったが、そうもいかんな。


「さて、ティアナール百人長。いつ、攻撃してくれるんですか?」

「今すぐだっ!」


 ティアナールは大きく左足を踏み出し、ウルエルの懐に入り込んだ。そのまま勢いをつけて、ロングソードを振る。


 その攻撃をウルエルは左手で受け止めた。さらに右手の爪をティアナールめがけて振り下ろす。

 数本の金色の髪が引きちぎられ、風に舞った。

 ティアナールは素早くウルエルの背後に回り込む。


 巨体とは思えない速さでウルエルが振り返り、左右の手で攻撃を続ける。

 奥歯を強く噛み締め、ティアナールはロングソードでウルエルの攻撃を受け続ける。


「おやおや。受けてばかりでは私を殺せませんよ」

「それはどうかな」


 ティアナールは片方の唇の端を吊り上げる。


 女騎士のリロエールが背後からウルエルに攻撃を仕掛けた。マジックアイテムのロングソードでウルエルの膝裏を斬った。

 がくりとウルエルの巨体が傾く。


「よくやった! リロエールっ!」


 ティアナールは頭の下がったウルエルに向かって、ロングソードを振り下ろした。

 ウルエルの黒い角が折れ、額から青紫色の血が噴き出した。


「ぐうっ…………」


 ウルエルは顔を押さえて後ずさりする。


「チャンスっ!」


 リロエールがウルエルに向かって、ロングソードを振り上げる。

 その瞬間、ウルエルが予想外の速さで動いた。リロエールのロングソードを左手で受けて、右手を振り下ろす。

 鋭い爪がリロエールの鎧を斬った。

 リロエールは地面に横倒しになり、動かなくなった。


「エリスっ! リロエールに回復薬を!」


 そう叫びながら、ティアナールはリロエールを守るようにロングソードを構える。


「ふふふっ、まさか、この程度の攻撃で私を倒せるとは思っていませんよね」


 ウルエルは笑いながら、爪についたリロエールの血を舐める。

 額の傷が塞がり、折れた角が元通りになっているのを見て、ティアナールは唇を強く噛んだ。


 ――再生能力があるのか。化け物めっ!


「ティアナール百人長っ! モンスターどもが集まってきてます!」


 女騎士がゴブリンと戦いながら叫んだ。


「早く、そいつを倒してください!」

「おおーっ!」


 ティアナールは気合の声をあげて、ウルエルへの攻撃を再開する。

 しかし、今度はウルエルが受けに徹した。

 左右の爪でティアナールの攻撃を受けながら、防御を続ける。

 ティアナールの額に汗が滲んだ。


「守ってばかりかっ!」

「そのほうが有利になりそうですからね」


 耳まで裂けた口をぱかりと開いて、ウルエルは笑った。


「あなたのお仲間の多くは本陣を救いに戻りました。となれば、焦る必要もなさそうですからね。ふふふっ」


「ちっ!」と舌打ちをしてティアナールはロングソードの柄を強く握る。


 ――このままではまずい。こいつにはまだ余力があるし、周囲のモンスターの数が増えている。私たちの部隊だけでは対処できない。


「どうしました? 顔色が悪いですよ」


 ウルエルは青紫色の長い舌を出す。


「本気を出せば、あなたを殺すことは簡単です。でも、このまま、戦い続けていたほうが楽しそうです。本陣が落とされ、周りの騎士たちが死んでいく姿を見て、あなたが呆然とするところをね」

「その前にお前を殺してやる!」


 ティアナールは渾身の力を込めて、ロングソードを振った。

 ウルエルの左手の爪が数本折れる。


「お見事っ!」


 ウルエルは距離を取りながら、左手を軽く動かす。すると、新しい爪が生えてきた。


「ですが、この程度の傷なら、余裕で再生できますね」

「くっ、おのれっ!」


 ティアナールの歯がぎりぎりと音を立てた。


「さて、もう少し遊びたいところですが、そろそろ終わりのようですね」


 ウルエルの背後から、十数匹のオークの部隊が現れた。全員が黒い鎧を装備していて、手に大きな斧を持っている。


「このエルフは私が相手をします。周りにいる女騎士から殺してください!」


 ウルエルの指示に従って、オークたちは女騎士に襲い掛かる。


「全員、リロエールを守れ!」


 ティアナールの指示を聞いて、女騎士たちは倒れているリロエールの周りに集まる。


「残念でしたね。ティアナールさん」


 ウルエルは、かくりと首を右に曲げた。


「でも、安心してください。あなたは最後に殺してあげますから」

「戯れ言を言うな!」


 ティアナールは左足を踏み込むと同時にロングソードを振った。

 ウルエルは余裕をもって、その攻撃をかわす。


「無駄無駄。スピードもパワーも私のほうが上ですよ。それに頭脳もね」

「ぐっ…………」


 ティアナールの顔が悔しさで歪んだ。


 ――指揮官のこいつさえ倒せば、戦況を一気に変えられるのに。


「くあああっ!」


 ティアナールは右腕を引き、腕を回転させるようにして突きを放った。

 ウルエルは上半身をそらして突きをかわし、右手を振り下ろした。ティアナールの体が地面に叩きつけられる。


「かはっ…………」

「おっと、失礼しました」


 ウルエルが丁寧に一礼する。


「少し攻撃が強すぎましたか。ちゃんと意識があるのなら、いいのですが」

「…………なっ、舐めるな。この程度の攻撃で…………」


 ティアナールは両足を震わせながら、立ち上がる。


「お前ごときに、私は…………負けないっ!」

「なかなか折れませんね。では、あなたの手足を切り取ってみましょうか。それでも、同じセリフが言えるかどうか、気になりますからね」


 ウルエルは笑みを浮かべたまま、巨体を揺らしてティアナールに近づく。

 細く白い手を掴もうとした瞬間――。


◇◇◇

【呪文カード:ダークボム】

【レア度:★(1) 属性:闇 対象に闇属性のダメージを与える。再使用時間:1時間】

◇◇◇


 黒い球体がウルエルの肩に当たり爆発した。


「ぐうっ!」


 ウルエルはえぐられた肩を抑えて、視線を右に向ける。


そこには青い刃の短剣を手にした彼方が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る