第147話 ウロナ村の戦い2

ウルエルの放った半透明の矢は一直線にティアナールの心臓に向かった。


「くあっ!」


 ティアナールは体を捻りながら、ロングソードを振った。

 刃が矢のシャフトに当たり、真っ二つに折れる。


 笛の鳴るような音とともに、新たな矢がティアナールを狙う。

 ティアナールは地面を転がりながら、オークの死体を盾にする。


「凄腕の狙撃手がいるぞ! 注意しろ!」


 そう叫びながら、ティアナールは近くにいた騎士を手招きで呼んだ。


「こちらも弓兵に奴を狙わせろ! この位置から西に百四十メートル程だ。それと、他の部隊にも伝令を送れ。多分、奴は隊長クラスを狙ってる」


 ティアナールは奥歯をぎりぎりと噛み締める。


 ――このままではまずい。指揮が混乱すれば個体差で我らが不利になる。それを狙ってのことだろうが。


「おいっ! エリスっ!」


 ティアナールは近くで戦っていた直属の部下である女騎士を呼び寄せた。

 女騎士――エリスは頭を低くして、ティアナールに駆け寄る。


「撤退でしょうか?」

「逆だ。私たち七人も狙撃手を狙うぞ」


 その言葉が聞こえたのか、五人の女騎士が集まってくる。


「さすが、ティアナール百人長ですね」


 背の高い女騎士がにんまりと笑う。


「この状況で攻めるとは、ゴルバ千人長より勇敢じゃないですか」

「あの狙撃手は危険だからな。早めに全力で潰すべきだ」

「ティアナール百人長がそう言うなら、危険なモンスターなんだろうなぁ」


 背の低いハーフエルフの女騎士が体をぶるりと震わせる。


「びびってんの? リロエール」

「びっ、びびってなんかないし」


 リロエールは唇を尖らせて反論する。


「私たち、直属の六人とティアナール百人長との連携プレイは最強って、評判なんだから」

「評判なのは、美しさだろ?」


 その言葉に女騎士たちの唇が笑みの形に変化する。


「さあ、おしゃべりは終わりだ」


 ティアナールが周囲を警戒しながら、唇を動かす。


「弓の攻撃には注意しろよ。お前たちの葬式に出るつもりはないからな」

「はいっ!」


 六人の女騎士たちが声を揃えて返事をした。


 ◇


 乱戦が続く中、ティアナールと六人の女騎士たちは弓兵の援護を受けながら、ウルエルに近づいていく。


 ウルエルは笑みを浮かべたまま、半透明の矢を放つ。

 ヒュンと音がして、百数十メートル先にいた騎士の頭部が射貫かれる。


「タルク百人長がやられたぞ!」


 遠くから聞こえてきた騎士の言葉に、ティアナールは薄く整った唇を強く噛む。


 ――やはり、奴は隊長クラスを狙ってる。早く仕留めなければ。


 ティアナールは近づいてきたゴブリンを倒して、さらに前に進む。


 その時、ウルエルの周囲にいた護衛兵らしきリザードマンが、ティアナールたちに気づいた。


「女騎士どもがいるぞ! ウルエル様を守れ!」


 鎧を着た大柄のリザードマンがティアナールたちに襲い掛かった。

 背の高い女騎士――ドミニクが大剣でリザードマンの攻撃を受ける。同時にエリスとリロエールが左右からロングソードでリザードマンを斬った。


「護衛兵はまかせたぞ!」


 ティアナールはそう言うと、リザードマンたちをすり抜け、ウルエルに迫る。

 ウルエルは近づいてきたティアナールに矢を放った。同時にティアナールは地面に転がり、その攻撃を避ける。


 ――あと十メートル!


 素早く立ち上がり、ティアナールは一気にウルエルとの距離を縮めた。


――ここまで近づけば、奴を倒せる。


刃が赤く輝くロングソードの柄を強く握り、ウルエルに攻撃を仕掛けた。


 ウルエルは弓を放り投げ、右手を軽く振る。

 その手には黒い刃のレイピアが握られていた。


 ティアナールが振り下ろしたロングソードをウルエルはレイピアで受ける。


「おやおや、こんなところに隊長クラスがいましたか」


 ウルエルは笑いながら、レイピアでティアナールのノド元を狙う。ティアナールは首をひねって、その攻撃をかわす。


「褒めてあげますよ。指揮官の私のところまでたどり着いたことを」

「指揮官だと?」

「ええ。私はネフュータス様にこの軍の指揮をまかされたウルエルです」

「それはいいことを聞いたっ!」


 ティアナールは斜め下からロングソードを振り上げる。ウルエルの赤い上着が斬れた。


「まだまだっ!」


 ティアナールは息をもつかせぬスピードで攻撃を続ける。鋭い攻撃にウルエルの表情が引き締まる。


 二匹のリザードマンがウルエルを守ろうとティアナールに襲い掛かる。

 その攻撃を二人の女騎士が防いだ。


「ティアナール百人長、今のうちに!」

「頼むぞっ!」


 ティアナールはロングソードを振りながら、部下である女騎士たちに礼を言う。


 ――ここで指揮官を倒せば、この戦いに勝てる!


 気合の声をあげて、ティアナールはロングソードを振り下ろした。ウルエルの持っていた黒いレイピアが折れる。


「もらったっ!」


 ティアナールはウルエルの頭部めがけて、もう一度、ロングソードを振り下ろす。

ウルエルは右腕で頭部を防御した。


 キンと金属音がして、ティアナールのロングソードが弾かれた。


 ティアナールは驚愕の表情を浮かべて、ウルエルから距離を取った。


「これはやられましたね。お気に入りの服だったのですが」


 ウルエルは目を細めて、破けた上着を見つめる。その部分から銀色の鱗が見えていた。


「なかなか見事な奇襲でしたが、あなた程度では私を倒すことは不可能ですね」

「ふっ、硬い体を持っているようだが、それなら、柔らかい場所を狙うだけだ」


 ティアナールは白い歯を見せて笑う。


「護衛兵が集まる前に倒させてもらう」

「護衛なんて、私には必要ありませんよ。必要なのは、あなたたちの指揮官のほうじゃありませんか」

「何を言ってる? お前たちは横陣さえも突破できないではないか?」

「さっきまではね」


 ティアナールの後方から、緊迫した騎士の声が聞こえてきた。


「みっ、右の森から新たなオーガの部隊が現れました。その数…………百っ!」


 ティアナールの瞳に、横陣を突破していくオーガの部隊の姿が映った。


「オーガ百体だとっ!」

「これが、こちらの切り札ですよ」


 ウルエルは目を細めて微笑した。


「多くの隊長が死に、前線は乱戦状態。この状況でオーガの精鋭部隊を止められますかね?」

「…………くっ!」


 ティアナールは金色の眉を吊り上げて、ロングソードの刃をウルエルに向ける。


「おや? 本陣を救いに行かないのですか?」

「今から、本陣に戻っても間に合わない。それなら、先にお前を倒す!」

「そんなことができるとは思えませんが、あなたの実力もなかなかのものです。ここで殺しておくほうがよさそうですね」

「武器がなくなったお前に殺されるつもりはないな」


 じりじりとティアナールはウリエルとの距離を詰める。


「武器など必要ありませんよ。変身すればいいだけですから」

「…………変身?」

「ええ。だいぶ魔力を使ってしまいますけどね。まあ、ここが攻め時でしょう」


 ウルエルの瞳が妖しく輝いた。

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