第146話 ウロナ村の戦い

 一時間後、発光球の呪文で照らされた草原は、モンスターと騎士の血で赤く濡れていた。 騎士たちの怒声とモンスターの咆哮が混ざり合い、周囲の空気が震える。


 横陣のさらに奥にある本陣に次々と報告が入ってきた。


「ゴルバ千人長の部隊がオーガの部隊を殲滅しました!」

「ゴブリンの集団が左の横陣を狙ってます!」

「森の奥から、新たにマンティスの部隊が現れました。数は約二百っ!」


「予備兵を左に回せ!」


 リューク団長は鋭い声を出した。


「マンティスの部隊はダグラス千人長の部隊に対処させろ!」

「りょ、了解しました」


 伝令兵が慌てた様子で走り去っていく。


「さて、戦況は悪くない…………か」


 リューク団長はぼそりとつぶやく。

 本陣の前の横陣は崩れることなく、モンスターの攻撃を受け止めている。


 ――守りは問題ない。攻めはゴルバ千人長がモンスターどもの主力を潰してくれた。奴らもちまちま増援させて乱戦になってるが、流れは俺たちにある。


 リューク団長が視線を動かすと、中央でリザードマンと戦っているティアナールの姿が目に入った。

 ティアナールは金色の髪をなびかせて、二匹のリザードマンと戦っている。赤く輝く刃が左にいたリザードマンの首を跳ね飛ばした。


「ふっ、やっぱり、ティアナールは目立つな。あいつが戦場に出ると、若い騎士どもの動きがよくなる」


 リューク団長は、ふっと笑みを漏らす。


「トリエル副長、出撃の準備をしておけ。状況によっては、俺も出るぞ!」


 その言葉に、周囲にいた騎士たちの動きが慌ただしくなった。


 ◇


 鎧を着たリザードマンがティアナールに向かって、ロングソードを振り下ろした。

 ティアナールは炎の属性が付与されたロングソードで、その攻撃を受ける。体をくるりと反転させ、リザードマンの側面に移動し、ロングソードを突き出す。

 リザードマンのノドに刃の先端が突き刺さった。


「ガガッ…………」


 リザードマンはノドから血を噴き出しながら、前のめりに倒れた。


 ふっと息を吐き、ティアナールは周囲を見回す。

 部下である騎士たちが、気合の声をあげてリザードマンと戦っている。


「アルベール十人長っ! テリウスの部隊が押し込まれている。助けにいけ!」

「はっ、はい!」


 アルベールが数人の部下といっしょに走り出す。


「全員、気合を入れろ! ここに拠点を作るぞ!」

「おおーっ!」


 周囲の騎士たちが雄叫びをあげた。


 その時、背丈が三メートル近くある巨大なオークが斧を持って、ティアナールに襲い掛かってきた。


「死ねっ! エルフの女騎士めっ!」


 ――上位モンスターかっ!


 ティアナールは斧の攻撃を頭を低くしてかわし、ロングソードでオークの足を狙う。

 その攻撃が分厚い鉄の膝当てに阻まれた。


 オークはにやりと笑いながら、斧を振り上げる。


「お前の肉は俺が全部食ってやる!」


「それは困るな」


 オークの背後から男の声が聞こえてきた。


 オークが振り返ると、そこには三十代の騎士が立っていた。男は左足を大きく踏み出し、斜め下からマジックアイテムの大剣を振り上げる。

 オークの鎧が斬れ、その部分から青紫色の血が噴き上がる。


「ぐああああっ!」


 オークは痛みに顔を歪めながらも、男に向かって斧を振り下ろす。


「遅いっ!」


 男は体を斜めにして、その攻撃を避け、オークの頭に大剣を叩き込んだ。


「ごっ…………ごがっ…………」


 オークの巨体が横倒しになり、大量の血が流れ出す。


「感謝します。アーク千人長」


 ティアナールは男――アーク千人長に礼を言った。


「ふっ! 君が死んだら、多くの騎士が悲しむからね。もちろん、私も」

「ご冗談を。アーク千人長には美しいハーフエルフの奥様がいらっしゃるではありませんか」


 ティアナールの頬が緩む。


「そちらの状況は?」

「問題ないさ。多少の被害は出てるが、状況は有利に動いてる。ゴルバ千人長がオーガーの部隊を殲滅させたことで、奴らの攻め手がなくなったのがよかったな」


 アーク千人長は周囲に視線を動かす。


「まあ、乱戦になっているようだし、一度、部隊を戻して再編成を…………」


 ヒュンと空気を裂く音がして、アーク千人長の胸元に半透明の矢が突き刺さった。


「あ…………」


 アーク千人長は呆然とした顔をして、自身の胸元に突き刺さった矢を見つめる。


「…………ティアナール…………アリーネにすまないと…………伝え…………」


 妻の名前を口にして、アーク千人長は地面に倒れた。


「アーク千人長っ!」


 ティアナールは片膝をついて、アーク千人長の肩を抱く。

 しかし、アーク千人長は既に息絶えていた。


「そんな…………」


 ティアナールの顔が青ざめる。


「報告っ! シリル百人長、オーガス百人長が弓でやられました!」


 騎士の声がティアナールの尖った耳に届く。


 ティアナールは鋭い視線で周囲を見回す。


 百数十メートル先で、いびつな形をした弓を構えている男の姿を発見する。


 男は上下赤い服を着ていて、額には黒い角があった。

 男――ウルエルはにやりと笑いながら、ティアナールに向かって、半透明の矢を放った。

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