第145話 開戦

 翌日の夕刻、ウロナ村の西にある草原に白龍騎士団の騎士たちが布陣していた。銀色の鎧が夕陽に照らされ、オレンジ色に輝いている。


 後方にある本陣には白銀の鎧を装備したリューク団長がいた。身長は百九十を超えていて、髪も瞳の色も青い。


 体格のいい茶髪の騎士がリューク団長に歩み寄った。


「リューク団長、やっと、モンスターどもが現れたぞ」

「数はどのぐらいだ? ゴルバ千人長」

「ざっと見て、二千匹程度だ。多いのはゴブリンとオークだな」


 二十代の騎士――ゴルバ千人長はリューク団長の質問に答える。


「ふーん、予想より少ないな」

「まっ、後方の森の中に潜んでるんだろ。で、太陽が沈んだら、戦闘開始ってところだろうさ」

「夜目がきくモンスターが多いからな」

「夜の戦いなら、こっちだって、発光球の呪文を使うだけさ」


 ゴルバ千人長は太い手で頭をかく。


「呪文の進步で戦争も変わっていくな。三十年前までは騎乗の戦いが主流だったが、ドラゴンボイスの呪文のせいで、馬は使えなくなった」

「どうせ、森の中では馬は使えん」

「まあな。で、どうする?」

「お前は攻めたいようだな」


「おうっ!」とゴルバ千人長は胸当てを叩いた。


「俺の部隊にまかせてくれれば、中央にいるオーガの部隊を潰してやるぜ」

「…………そうだな。奴らが動く前にこちらから仕掛けるか」

「おっ、話がわかるじゃねぇか。さすが、団長様だ」

「だが、腹が膨れたゴブリンには気をつけろよ」

「銀狼騎士団がやられた魔法陣か?」

「ああ。青い血が流れてたら、要注意だ」

「わかった。魔道師の部隊に対処させる」


 ゴルバ千人長は近くにあった水筒を手に取り、中に入っていた水を一気に飲み干す。


「そういや、ウル団長の行方はわかったのか?」

「いや。王都にも報告はないらしい。奴のことだから、しぶとく生き残っているとは思うが」

「だろうな。個人の戦闘能力なら、お前と同レベルだろうし」

「いや、ウル団長のほうが上だ。最近は前線に出ることもなくなったし、腕がなまってるからな」


 リューク団長は腰に提げているロングソードに触れた。その剣は風の属性が付与されていて、柄の部分には緑色の宝石がはめ込まれている。


「ふっ、まあ、我らが団長様は後方で茶でも飲んでてくれ。俺の勇姿を眺めながらな」


 ゴルバ千人長は太い首を回しながらに、にっと白い歯を見せた。


 ◇


「狙うは中央にいるオーガの部隊だ! 白龍騎士団の本気を見せてやれ!」

「おおーっ!」


 ゴルバ千人長のかけ声に数百人の騎士たちが呼応した。


「行くぞ!」


 ゴルバ千人長は月の光のように輝くロングソードを構えて、草原を走り出した。数百人の騎士たちが雄叫びをあげて、ゴルバ千人長の後に続く。


「うおおおっ!」


 ゴルバ千人長はスピードを落とすことなくゴブリンに走り寄り、ロングソードを真横に振った。

 二匹のゴブリンの胴体が真っ二つに斬れる。さらに周囲のゴブリンたちが突っ込んできた騎士たちに一撃で殺される。

 周囲の野草が真っ赤に染まり、モンスターたちが悲鳴をあげて逃げ回る。


 その光景を、後方で見ていたリューク団長は感嘆の声を漏らす。


「さすが、ゴルバ千人長の直属部隊だな」


 満足げにうなずきながら、近くにいたティアナールに声をかける。


「ティアナール百人長!」


 自分の名前を呼ばれて、ティアナールがリューク団長に駆け寄る。


「ゴルバ千人長の退路確保ですか?」

「俺の考えていることを先に言うなよ」


 リューク団長は苦笑して、ティアナールの肩を叩く。


「まあ、説明しなくていいのは時間の節約になっていい。左にいるリザードマンの部隊がゴルバたちの背後に回り込もうとしてる。それを止めてこい!」

「了解しました!」


 ティアナールは金色の髪をなびかせて、百人の部下たちの元に向かう。


 耳の尖った金髪の少年がティアナールに近づいた。ティアナールの弟で十人長のアルベールだ。


「姉上、我らの出番ですか?」

「戦闘中だぞ。アルベール」


 姉上と呼んだアルベールをティアナールはたしなめた。


「すっ、すみません。ティアナール百人長」


 アルベールはぴんと背筋を伸ばす。


「我らの目的は、ゴルバ千人長の部隊の退路を確保することだ。油断はするなよ」

「ご安心ください。最近の訓練で私も成長しました。今なら、模擬戦で氷室彼方にも余裕で勝てます」

「それは無理だな」


 ティアナールはぱたぱたと右手を左右に振る。


「お前がどんなに強くなっても、彼方に勝てるはずがない」

「あっ、姉上っ!」

「戦闘中だと言ったはずだ!」


 ティアナールはアルベールの頭を軽く叩いた。


「さっさと準備しろ! お前の部隊だけおいていくぞ!」

「いっ、いや、それは…………」


 慌てるアルベールに背を向けて、ティアナールは整った唇を強く結んだ。


 ――数万匹のモンスターの軍と戦うのは初めてだな。だが、白龍騎士団は負けない。絶対にウロナ村を…………ヨムの国を守ってみせる!

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