第141話 ウロナ村2

 ユリエスと別れた後、ティアナールは北門に向かった。


 北門の前には、多くの冒険者たちが集まっていた。冒険者たちは真剣な表情で武器の手入れをしている。


 ティアナールは冒険者たちのプレートを確認した。


 ――DランクとCランクが多いな。Bランクは…………数人ってところか。


 その時、十数メートル先の井戸の側で男と女が言い争う声が聞こえてきた。

 声のした方向に視線を動かすと、鎧を着た騎士が冒険者の少女の腕を掴んでいる。

 少女は黒髪のショートボブでスレンダーな体つきをしていた。

 服はセパレートタイプの革製で腹部の肌とへそが見えている。


 ――シーフのようだな。ランクは…………Dか。で、騎士のほうは赤鷲騎士団だな。


 ティアナールの尖った耳に、二人の会話が届いた。


「…………だから、夜につき合えよ。ちゃんと金は払ってやるから」

「バカなこと言わないで! 私はモンスターと戦いにきたんだから」


 少女は漆黒の瞳で、自分の二倍以上体重がありそうな騎士を睨みつける。


「夜の相手が欲しかったら、王都の娼館にでも行きなよ。あそこなら、どんなタイプの女もよりどりみどりでしょ」

「さすがに王都までは戻れねぇよ。それはわかってるだろ」


 騎士は好色そうな笑みを浮かべて、少女に顔を近づける。


「いいじゃねぇか。お前も休憩時間はあるんだから、昼も夜も働いて稼げよ」

「イヤよ! あんたみたいな強引なタイプは嫌いなの」

「はぁっ! 俺の誘いを断るって言うのか」


 騎士の表情が変化した。太い眉を吊り上げ、唇を歪める。


「どうやら、痛い目に遭いたいようだな」


「待てっ!」


 ティアナールは騎士に駆け寄った。


「お前は何をしてる!」

「あぁっ!」


 振り向いた騎士は、ティアナールの顔を見て、表情を強張らせた。


「ティ、ティアナール…………百人長」

「私のことを知ってるようだな。お前の階級と名前は?」

「お…………俺はカシム十人長です」

「では、カシム十人長に質問する。赤鷲騎士団は村を守りにきた冒険者に敬意を払うことはないのか?」

「それは…………」


 騎士の額から、だらだらと汗が流れ落ちる。


「…………もっ、申し訳ありません」


 騎士はティアナールに背を向けて、走り去っていった。


「ふんっ! 騎士道精神のない男め」


「…………ありがとう」


 少女はティアナールに近づき、礼を言った。


「あいつ、しつこかったから」

「いや、当然のことをしたまでだ。こちらこそ、すまない。他の騎士団ではあるが、同じ騎士として恥ずかしく思う」


 ティアナールは緑に輝く宝石のような目で少女を見つめる。


「私は白龍騎士団のティアナール百人長だ」

「私はシーフのレーネ。Dランクの冒険者よ」


 少女は自分の名前を口にした。


「最近、仲間を亡くしてね。今はひとりで仕事してるの」


「…………そうか。冒険者は大変な仕事だからな」

「うん。でも、大変なのは騎士もそうでしょ。真っ向からネフュータスの軍と戦うんだから」

「ああ、そうだな」


 ティアナールの白い頬が引き締まった。


「そうだ。一つ質問があるのだが」

「んっ? 何?」

「ウロナ村の護衛の依頼は、何か制限があったのか? 例えば、Eランク以上とか」

「Dランク以上ね」


 レーネはティアナールの質問に答える。


「…………そうか」

「それがどうかしたの?」

「いや、Fランクの冒険者に強い知り合いがいるのだ」

「Fランク?」

「そうだ。実力はSランクのな」


 ティアナールの頬が僅かに色づく。


「あの男がいてくれたら、どれだけ心強いか…………」

「…………ねぇ。その男って…………彼方のこと?」

「彼方を知ってるか?」


 緑色の目を丸くして、ティアナールはレーネの肩を掴んだ。


「うん。彼方には何度も助けられたから…………」


 今度はレーネの頬が赤く染まった。


「彼方はネフュータスが育てようとしてたキメラを倒したの。上半身を吹き飛ばされても再生する化け物キメラをね」

「…………そうか。彼方なら、やるだろうな。なんせ、あいつは魔神ザルドゥを倒した男だからな」

「ザルドゥを倒した?」


 レーネの口が大きく開く。


「彼方がザルドゥを倒したの?」

「誰も信じてないがな」


 ティアナールは、ふっと息を吐いた。


「ゼノス王もギルマール大臣も、そして多くの貴族たちも彼方の言葉を信じなかった。だが、私はこの目で見たのだ。彼方がザルドゥを倒すところを」

「…………そうだったんだ」

「ウソだとは思わないのか?」

「ううん。あなたがウソをついてるようには思えないし、彼方がとんでもなく強いことは、私も知ってるから」


 頭をかきながら、レーネは笑みを漏らす。


「ねぇ。彼方はどうやってザルドゥを倒したの?」

「ああ…………それは…………」


 ティアナールは一瞬、言葉を止めた。


「…………そうだ。今夜、いっしょに夕食をとらないか?」

「夕食? あなたと?」

「ああ。私も彼方がキメラを倒した話を聞きたいからな」

「…………うん、それいいね。彼方のこと、いろいろ情報交換しましょ」


 二人は笑みを浮かべて、互いの顔を見つめ合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る