第140話 ウロナ村

 ウロナ村はガリアの森の中で一番大きく、周囲を石の壁で囲われていた。中央には小さな丘があり、三階建ての建物が見えている。西には大きな広場があり、そこに白龍騎士団の騎士たちが集まっていた。


 騎士たちは真剣な表情で会話をしている。


「…………それで、銀狼騎士団の奴らはどうなったんだ?」

「八割近くがやられたらしい。つまり、二千人以上がモンスターどもに殺されたってことになる」

「…………ひどい状況だな」

「ウル団長もやられたのか?」

「いや。北に撤退して、逃げた騎士たちを再編成してるみたいだ。ウル団長のことだから、ネフュータスを狙っているんだろうな」

「それよりも俺たちは大丈夫なのか?」


 茶髪の騎士が西の門に視線を向ける。


「モンスターの軍隊は数万と聞いてるぞ。それなのに、こっちは赤鷲騎士団と会わせても八千人だ。倍どころか三倍以上の差があるかもしれない」


 騎士たちの顔が強張る。


「しかも、モンスターの名にはオーガやダークエルフ、ドラゴンだっているらしい」

「ドラゴンもか?」

「ああ。ドラゴンのブレスを食らえば、母親だって、お前の顔の見分けがつかなくなるぞ」

「おっ、脅かすなよ」


 若い騎士が体をぶるりと震わせる。


「…………俺たち、ここで死ぬのかもしれないな」

「死ぬだと?」

「だって、四天王のネフュータスの軍隊なんだぞ。奴らが魔神ザルドゥを殺したってウワサもある。ただのモンスターの群れとは違うんだ」


「おいっ!」


 突然、背後から女の声が聞こえた。


 騎士たちが振り返ると、そこにはエルフの女騎士ティアナールが立っていた。


「ティ、ティアナール百人長…………」


 ティアナールは金色の眉を吊り上げて、騎士たちに近づく。


「お前たち、まさか、自分たちが負けると思っているのか?」

「そっ、それは…………」


 若い騎士の頬がぴくぴくと動いた。


「危険なモンスターがいると聞いたもので…………」

「当たり前だ!」


 ティアナールの怒声が響いた。


「相手は四天王のネフュータスの軍だ。危険に決まってる!」

「そ、そうですよね」

「だが、我ら白龍騎士団も強い。リューク団長はもちろんだが、千人長たちも強いぞ」

「それはわかっています」

「なら、自信を持て」


 ティアナールは若い騎士の肩をぽんと叩いた。


「ネフュータスの軍は強いだろう。だが、秩序と勇気を持って戦えば、我らは負けない。ウロナ村、そしてヨムの国を守るのはお前たちだぞ!」

「はっ、はい!」


 若い騎士は頬を赤くして、ぴんと背筋を伸ばした。


 ◇


 ティアナールが去って行くと、若い騎士は溜めていた息を吐き出す。


「…………なんて、美しいんだ」


 ぼーっと立ち尽くしている若い騎士の肩に他の騎士が触れた。


「ここにティアナール百人長が触ったんだな…………」

「やっ! 止めろっ!」


 若い騎士は仲間の騎士の手を払いのける。


「ティアナール百人長が触ってくれたんだぞ。お前のむさくるしい手で汚すな」

「いいじゃないか。俺たちは同じ部隊なんだから」

「そーだ、そーだ!」


 他の騎士たちも若い騎士にむらがり、その肩に触り始めた。


 ◇


 ティアナールはウロナ村の北の石壁に沿って歩き出した。石壁は五メートル程の高さがあり、ところどころに騎士が鎧を着て立っている。


 ――高い壁とは言えないな。これでは門を守っていても、乗り越えられてしまうだろうな。空を飛ぶモンスターがいる可能性もある。


 ティアナールの整った眉が眉間に寄る。


 ――それに、ドラゴンなら壁ごと崩されるか。部下にはああ言ったものの厳しい戦いになるのは間違いない。


「おっ、ティアナールじゃないか」


 オレンジ色の髪をした体格のいい男がティアナールに向かって右手をあげた。

 男の背は百八十近くあり、耳が僅かに尖っている。腰にマジックアイテムらしきロングソードを提げている。


「ユリエスさん!」


 ティアナールは、Sランクの魔法戦士の名を口にした。


「どうして、あなたがウロナ村に?」

「ここの村長に雇われたのさ」


 ユリエスは白い歯を見せて笑う。


「村長とは知り合いでな。それにウロナ村が落ちたら、王都も危険になる。ならば、手伝ってやらないとな」

「それは心強いです。Sランクのあなたがいてくれれば、村を守りやすくなります」

「まっ、ほどほどに気合を入れるさ。四天王のネフュータスを倒せば、ユリエス流魔法戦士訓練学校の生徒も増えるだろうからな」

「もしかして、ユリナもここに?」

「ああ。娘以外にも冒険者は百人程度集まってるみたいだぞ」

「では、冒険者の指揮はあなたが?」


「いや」とユリエスは首を左右に振る。


「指揮はユリナにまかせる。俺は単独で動くほうが好きなのさ。それに、そのほうが手柄を独占できるしな」


 そう言って、ユリエスは不敵な笑みを浮かべた。

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